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俺が奴隷になるまで 1

 控え室。

 ひしゃげたロッカー。

 ぽっかりと壁に空いた穴。

 天井も穴が空いている。

 汚い部屋だ。

 ほとんど俺の仕業だが。

 俺はそこ入るなりゴミ箱を蹴飛ばした。


「クソ! みんな死ね!!!」


 毒を吐くと俺はベンチにごろんと横になった。

 どうも最近イライラしているようだ。

 ヒールって思っていたよりストレス溜まるぜ!


「はああああああああああああ~」


 ため息をついて少し冷静になった俺は指を動かす。

 ゴミ箱が勝手に立ち上がる。

 いや、『勝手に』じゃないな。

 俺が動かした。

 超能力というヤツだ。

 この世界では普通に使われている能力だ。

 異世界人の俺も多少は使えるようになった。

 最初こそ大喜びしたものだが今では特に感想はない。

 慣れというのはそういうものだ。

 ……つまらない。

 うん。もう寝よう。


 俺がいつものようにベンチでふて寝していると、控え室のドアが乱暴に開け放たれた。

 俺の目の前にいるのは筋肉系パワー系のファイター、一言で言うと大男。

 男は俺を見るなり怒鳴り散らした。


「てめえコラァッ! なめた試合しやがって!!! 目つぶしとか卑怯だぞ!」


 卑怯ですがなにか?

 はい。

 対戦相手が来ました。

 よくいるんだよねえ。

 卑怯だコノヤロウって殴り込んでくるヤツ。

 俺はそんなの相手にしている暇はない。

 だってこれから寝るんだもん。


 目が覚めたらボクは12歳。

 起きたらラジオ体操に行って……って悲しくなるわ! やめい!

 とにかく俺は眠いんだって!


 とにかく寝たかった俺は言ってやった。


「なあ旦那、納得できなきゃまたやろうぜ。次は正々堂々。約束するぜ」


 次があるのも命があるからだ。

 それでいいのだ。

 俺たちは奴隷だ。

 命以外なにも失うものはない。

 本来は片方は必ず死ぬ勝負でなんらかの理由で起こった遺恨の末の因縁の対決ってのは人気のカードだしな。

 今よりもっと有名になれるぜ。

 いいじゃねえかそれで。

 ところがこの筋肉ダルマは怒り狂っていた。


「貴様ぁっ! なぜ殺さん! 俺を死を怖がる腰抜けにするつもりか!!!」


 俺に言ってはいけない言葉を吐きやがったのだ。


「そうか死にたいのか……」


 俺はのっそりと起き上がると拳をボキリボキリと鳴らした。

 それが気にくわなかったのか男は顔を真っ赤にする。


「このドチビ! 俺の名誉のためにひねり潰してくれる!!!」


 男は殴りかかってきた。

 大振りの雑なパンチ。

 俺は男の鼻っ柱にジャブを撃ち込み動きを止める。

 男の鼻から血が流れ出る。


 あれーおっかしいよねえ。

 先に殴ったのに黒騎士の拳の方が先に当ってやんの。

 なんで?

 というツラをしてやがる。

 しかも『なんでこんなパンチで動きが止まるの?』『どうしてこんなにドチビの拳は重いの?』ってな。

 ぶぁーか。

 力の使い方、体重移動、お前の何倍も無駄がねえんだよ!

 先ほどの闘いでは強敵だと思ってたが、案外バカなようだ。

 カスタマイズした機体の性能だけで戦ってたタイプだな。

 はいお仕置き決定。


「遊ぼうぜ」


 俺はわざと挑発する。

 テレビだったらモザイクがかかるような下品な手つきをして。


「てめえ!!!」


 またもや大振りのパンチ。

 俺は相手の懐に飛び込むと、膝でタメを作り、下から相手の顎に拳を叩きつける。

 俺の拳が大男を打ち上げた。

 ロッカールームの天井が壊れる音が鳴り響いた。

 また穴が空いたな。


「死なねえように手加減してんだよ。このドアホ!」


 俺の機嫌はつまらない喧嘩程度じゃ直らなかった。

 どいつもこいつもアホばかりだ。



 軽い運動をした俺は睡眠という深い闇に落ちていた。

 それはいつも見る夢。

 その日、俺たちは北海道行きの飛行機に乗っていた。

 一部にバカどもはいても楽しい修学旅行……のはずだった。

 機内ではバカどもが騒いでいる。

 野球部の山岸。

 サッカー部の伊藤。

 レスリング部の木下。

 中学生男子は猿ばかりだ。

 もちろん俺もだけどな。

 騒ぐ相手がいないから大人しいだけで。


 横に誰も乗っていない席で俺はため息をつく。

 ぼっちですが何か?

 なにかいけませんか?

 誰かに迷惑かけましたか?

 なあコラ!!!


 そんな一人でキレてる俺の横に断りもなく男が座った。

 金髪。

 眉毛なし。

 頬に傷。

 それなのに無駄なイケメン。

 クラス最強。

 ハイパーヤンキー菊池くんだ。

 怒らせるとすぐにナイフを抜く超危険人物だ。

 喧嘩でへし折った歯を集めてるとか、危険な噂がつきまとうDQNオブDQNだ。

 三年を血だるまにしたとか、教師を二階から突き落としたとか、噂以外の部分もやんちゃじゃ済まない。

 なのにみんなの人気者。

 「※ただしイケメンに限る」を地で行くやつだ。

 羨ましすぎて憤死しそう。

 特に菊池くんは集団でイジメをするときは大活躍だ。

 集中イジメ週間のターゲットはパソコン研究会の小室君だ。

 ついこの間もアスファルトの上で小室君にバックドロップ決めて頭ぱっくり。

 それを見て指さしてゲラゲラ笑ってやがった。

 うわーかっこいいー。

 菊池くんみたいなのは足の先から少しずつ腐って死ねばいいのに。

 ところが世の中はそう甘くない。

 菊池君は有名議員の息子なのだ。

 権力と財力チートだぜ。

 もう反則だよな。

 たとえ人を殺しても警察すらアンタッチャブルで野放しだぜ!

 こんなクズなのに俺らが大人になって少ない給料で底辺労働してる間も親の金と権力でぬくぬく面白おかしく生きて行くんだ。

 中学生に世の中の厳しさってヤツを教えてくれるいい教材ですね。

 あはははは。


 俺は菊池と仲が悪い。

 目をつけられている。

 虐めのターゲットにされてると言えるだろう。

 こいつの取り巻きに殴られたり蹴られたり、教科書や上履きを隠されたり、大声で悪口を言われたり無視されたり。

 俺の外出中に家に勝手に上がり込んできてゲーム盗んでいったこともあったな。

 なんでそんなに俺に構うのだろう?

 俺なんて菊池からしたら小石ほどの価値もないだろう。

 だがアイツはなぜか俺に構うのだ。

 実は俺に気があるんじゃないかとすら疑っている。

 小学生が好きな子にイジワルする的な……

 いやそれはないだろう。

 俺も冷静な思考ではそう思わないではない。

 ……ないと思いたい。

 お願いですからその路線だけはナシでお願いします!!!


 だけど……だってあの目。

 あの舐めまわすような視線。

 俺を狙うビーストの目。

 自分で言っておきながら気持ちが悪くなった。


 ……はじめては好きな人と決めています。

 性的な意味で男に興味はないので尻は勘弁してください。

 ホントマジで!


 俺が複数の意味でドキドキしていると菊池が俺に話しかけてきた。


「タカムラ。世界の終わりが来たらどうする?」


 意味がわからない。

 薬でもキメてるのか?

 そういや堂々と学校に持ってきてたな。

 不思議ドラッグ。

 いやいやいや、そうじゃねえ。

 問題はそこじゃねえ。

 発言の意味がわからないことだ。



 もしかして……愛の告白!!!



 世界で二人っきりになったら俺の愛を受け止めてくれるか?

 ああ俺は世界で一番……

 タカムラ!

 菊池!



 おええええええええええ!



 胃液が逆流してきたぜ。

 ……とうとう来たか!

 来てしまったか!!!

 なんとか誤魔化すんだ俺!

 あとちょっとで卒業なんだ!

 頑張れ俺!

 こんな嫌な理由で不登校になってたまるか!

 俺は必死になって言い訳することにした。


「えっと。ボクは……はじめては好きな人と(略)」


「お前は何を言ってるんだ?」


 真顔で菊池は言った。

 自分でもまったくわかりません。

 でも……その愛の告白とか勘弁してください。

 自分女の子の方が好きなんで。

 俺はその時も菊池が俺の尻を狙っていると思っていた。

 ダラダラと瀧のように冷や汗が出てくる。

 いったいどうすればいいのだ!?

 ところがこれは間違いだったのだ。


「まあいい。ゲームの始まりだ……楽しみにしてるぜ」


「へ?」


 俺が目を点にしているとそれは起こった。

 最初は機体の揺れだった。

 乱気流。

 機体が激しく上下する。

 ガタガタと揺れる機体。

 ここまでは誰もがのんきなものだった。

 飛行機なんて滅多に落ちるもんじゃねえからな。


 突然、機体が震動した。

 どこかで叫び声が上がる。


 エンジンが燃えてる!!!


 どこかで誰かが叫んだ。

 次の瞬間、轟音とともに機体の壁が吹き飛んだ。

 飛行機の天井までがめくりあがり一瞬で吹き飛ぶ。

 シートベルトで座席に固定された俺の体が浮き上がる。

 俺は声すら出せずにもがく。

 そしてメリメリという音とともに座席が傾く。


 マズイよ!

 マズイよ!

 俺は思わずリアクション芸人になった。

 大真面目なのに。

 きっと格好つけられない星の下に生まれてきたんだね。

 ボクちゃん。


 永遠とも思える数秒間、俺は耐えた。

 菊池はすでにいなくなっていた。

 俺はそれまでの人生の中で一番頑張った。

 顔を真っ赤にして頑張った。

 だが……


 がしゃん。


 死刑宣告を伝える音と共に俺の席が外れた。

 努力もむなしく俺は座席ごと虚空、大空へと放り出された。

 スッポーンと。

 座席にくくりつけられた体が空中で回転し、急激な気圧の変化が俺を襲う。

 つまりだ……簡単に言うと……


 俺は一瞬で失神した。

 あっさりと。

 シンガポールのマーライオン像のごとく胃の中身をリバースしながら。

 キノコとタケノコのチョコレートのなれの果てをリバースしながら。

 このあと何かあったっぽいのだが……なぜか思い出せない。

 いやかすかに覚えているものがある。

 目が見えた。

 どこまで続く大空に巨大な目が見えたような……

 いや気圧の変化で脳がエラーを起こしたのだろう。

 要するに俺はなんにも覚えていなかった。

 気がついたら変な場所、全てを金属が囲む世界に俺たちはいた。

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