細川さん(暗黒前)2
「こりゃナノマシンだな」
ダ・ヴィンチのおっさんが渋い顔でそう言った。
ハトが豆鉄砲をくらったような顔をする俺。
その俺の後ろには吉田とサイガがいた。
命からがら逃げ帰った俺。
蜘蛛の足が突き刺さった腕に蜘蛛の体組織と思われる破片が付着していたのだ。
それを修理がてらダ・ヴィンチのおっさんに見てもらったのだ。
ちなみに細川は上の自分の部屋で着替えているところだ。
女の子の出かける準備って時間がかかるのな。
「タカムラ。ナノって言うのはなマイクロのさらに千分の一で……」
説明をはじめる吉田。
そんなに詳しい説明はいらない。
俺は技術者じゃないからな。
要するにだ……
「超小さいってわけだな」
「そういうことだ」
俺荷の中で違和感が残る。
「ナノマシン? 蜘蛛だろ?」
俺は聞き直す。
あれはどう考えても生物だ。
ロボットだとはとても思えない。
「そこのモニタの画像をみやがれマッチ棒の兄ちゃん」
「マッチ棒……?」
嫌な予感がする。
もしかして見てたのか?
するとダ・ヴィンチのおっさんはガハハと豪快に笑い出した。
「おうテレビ見たぜ! 『その汚えマッチ棒をしまいやがれ!』ってな。いやー笑ったぜ」
「ま、マッチ棒じゃないやい!!!」
見られてた!
心が折れそうだ。
マッチ棒じゃないもん!
緊張で少し小さくなっただけだもん!
「やーいマッチ棒!」
「例えマッチ棒でもメイは許してくれるはずだ。良かったな。嫁は心が広いぞ」
吉田。それにサイガ。
お前らは後で覚えておけ。
俺はブツブツ文句を言いながらモニタを見る。
黒い粒がうねうねと動いているのが見える。
「なんだこれ?」
「あの蜘蛛を構成する部品だ。一つ一つが目に見えないサイズの自立したロボットだ。そして、コイツに一定の周波数で命令を送ってやると……」
ダ・ヴィンチがコンピューターに数値を入力すると、うねうねと動くナノマシンが規則的に蜂の巣のような構造を取っていく。
「このとおり。兄ちゃんが戦った蜘蛛は本物そっくりだったらしいが、こいつでもそれを再現するのは可能だ。本物よりはもろくなるけどな」
ダ・ヴィンチは得意げに胸を張った。
確かに俺のアゼルよりデカいのに簡単に踏みつぶせた。
だからなんだというのだろう?
うむ。
全く意味がわからん。
「……つまり?」
「敵は高確率で人間だ。蜘蛛の化け物の形のロボットを遠隔操作してやがる」
「……はい?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
それと同時に女の声がした。
「タカムラ。悪い」
そこにいたのはいつものツナギではなく私服の細川。
セクション47の一般的な服装だ。
ろ、露出がけしからんでゴザル!
俺はゴクリとつばを飲んだ。
いやいやいやいや違ーう!
なにを呆けている!
これは決して甘酸っぱいデートなどではない!
これから俺のマッチ棒の命運を賭けた闘いなのだ!
細川にメイのことをカミングアウトせねばならないのだ。
一つでも選択肢を間違えたら死ぬ。
それが今回のミッションなのだ。
わかってるな俺!
気を引き締めた俺。
そんな俺の背中がぞくりとした。
振り向くと血の涙を流しながらハンカチを噛む吉田の姿。
「憎しみだけで人が殺せたら!!!」
「お前も彼女作ればいいだろ! 禁止されてないんだから!」
「大人なんだからそのくらいできるだろ!」と俺は反論する。
ところが俺の発言を聞いた吉田がふっと笑う。
「35年間彼女いませんがなにか? どうやって彼女作るの? ねえどうやって? どうやってやるんだよおおおおおお!」
変なスイッチ押してしまったようだ。
吉田が号泣する。
うん。面倒くさい。
逃げよう。
俺は細川を抱っこ、いわゆるお姫様抱っこしてそそくさと逃げる。
「あ、てめえ! 逃げやがんのか! たとえ俺から逃げようとも第二第三の非モテが貴様を狙っているぞ!」
「カオリになにかしたらマッチ棒折るぞ小僧!」
「夕飯までには帰れよー」
俺の背中に三人の好き勝手な台詞が突き刺さる。
うるせええええええええええ!




