吉田のけじめ
俺は悠然と歩いて行く。
今日はタカムラはいない。
いまごろ、
「吉田の野郎! どこ行きやがった!」
って怒っているだろう。
ふふふ。
JCと待ち合わせなのだよ!!!
……嘘だがな!
悔しい!
憎い!
あのリア充が憎い!!!
リア充爆発しろ!
爆ぜろ!
死ね!
……と冗談はこのくらいにしておくか。
地下。
水耕栽培施設。
無駄に清潔な床が続く。
消毒液のニオイがする。
まるで病院のようだ。
それもしかたない。
水耕栽培室に病原菌を入れないためだ。
外があるのにどうしてこんな施設を作っているのだろうか?
病原菌か?
それとももっと深刻な理由か?
今は結論を出せそうにもない。
情報が少なすぎる。
俺は水耕栽培施設の作業員控え室の前へ足を止める。
そこに男たちが集まっていた。
ヤツらは俺を見ると手を振った。
「吉田のアニキ! こっちに集まってます」
「おう」
チンピラ風の男、ジロウが上機嫌で俺にそう言い、俺は偉そうな態度で返事をする。
この世界ではときより日本風の名前に出くわす。
まるでブラジルの日系人の名前のようだ。
これは大昔から日本人がこの世界に来ていたということだろうか?
彼らは闘技場の拳闘奴隷、農場の労働者、サイガの元部下、それに反逆した騎士達だ。
皆、山岸に恨みを持つものたちだ。
山岸はバカだった。
能力の無い男が政治をする方法はいくつかある。
優秀なブレーンを仲間にする。
山岸はそれをするには傲慢すぎた。
もう一つは、恐怖政治だ。
とは言っても全住民に苛烈な恐怖政治を敷くほどは山岸は賢くはない。
わかりやすい敵だけを排除した。
例え正しいことを言ったとしてもだ。
彼らは地位を追われ家族を殺されたのだ。
俺はそんな彼らと話をしに来たのだ。
「予想に反してタカムラが山岸を殺した。俺の計画は狂った。みんなにはお詫びする」
俺は頭を下げた。
タカムラには黙っていたが俺はかなり前から彼らの仲間だった。
計画は単純だ。
タカムラに山岸が勝利した瞬間、彼らを率いて俺が山岸を捕らえる。
あとは彼らの好きにしてもらう予定だった。
俺の予想では甘ちゃんのタカムラは山岸を殺せずにヤツに捕らわれるはずだった。
もしくは和解してくれると思っていた。
今考えれば甘い考えだった。
タカムラが負けたら死んでただけだ。
なぜ俺は山岸を信じてしまったのだろう。
そのせいでタカムラを危険にさらしてしまったのだ。
『考えろ』など言うべきではなかった。
計画通り俺たちが山岸を殺せばよかったのだ。
だがタカムラが山岸を殺した。
結局俺がやったのは人質を奪還しただけ。
計画は狂った。
俺は彼らに報酬を払えなかった。
報酬は山岸への復讐だ。
計画の失敗は全て俺の見込みの甘さから来ている。
痛い思いするのはタカムラではなく俺だ。
言い訳は見苦しい。
彼らが俺に報復を望むなら甘んじて受け入れよう。
タカムラはもう大人だ。
俺がいなくてももう大丈夫だろう。
ところが彼らの態度はまたもや俺の予想に反していた。
「アニキ。なに言ってるんですか! 上出来ですよ!」
全員が同意しているようだ。
彼らは皆、満足げな顔だった。
「そうか……」
そして俺はもう一度頭を下げる。
「な、なんですかいアニキ」
俺にはもう一つ彼らに頼みがあった。
これは勝手に駒にしたタカムラへのケジメというヤツだ。
「頼みがある。タカムラに協力してくれ。俺たちはセクション46へ生徒を助けに行かなければならない」
俺は頼み込んだ。
明らかに人が足りない。
だが彼らは山岸に恨みはあってもタカムラに恩はない。
完全に筋違いの頼みだ。
ダメかもしれない。
だがそれはまたしても俺の杞憂だった。
「もちろんだ!」
口ひげの男が声を上げた。
サイガの館で働いていた男だ。
「アンタは陰でサイガ坊ちゃんを守ってくれた」
確かにその通りだ。
サイガもまだまだケツの青いガキだ。
賭け試合であんな派手に暴れ回っていたのだ。
タカムラだけではなく、サイガまで胴元に狙われていたのだ。
それをわかっていなかったのだ。
だから俺は陰で二人を守っていた。
俺という用心棒が怖くなければ殺しに来い。
そう睨みをきかせていたのだ。
「俺はタカムラの野郎に借りがある。それを返すだけだ」
ガラの悪い大男が静かな声でそう言った。
この男はタカムラに負け相手がタカムラだったから生き残った。
あいつは人殺しはしなかったからな。
な、タカムラ。
甘ちゃんでもたまにはいいことあるだろ?
「だから俺たちはアンタたちに着いていく」
全員が俺に熱い視線を送っていた。
どいつもこいつも馬鹿野郎どもだ。
一つの義理に一つの命をかけやがる。
「ありがとう。じゃあ作戦を話す」
俺はセクション46攻略計画を彼らに話した。




