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復讐の時来たる 前編

 がたがたと揺れる昇降機が俺を操縦席まで運んでいった。

 俺は操縦席に乗り込むとシステムを確認する。

 すべてOK。

 ただし脈拍と血圧が少し高い。

 少し興奮している。

 いや、興奮だけではない。

 俺は多少の葛藤もしていた。

 俺にヤマギシが殺せるのか?

 俺に同級生を殺すだけの度胸が本当にあるのか?

 それが重要だった。


 スクリーンを起動する。

 すると間髪入れず通信要請が入った。

 俺が応答すると吉田の暑苦しい顔がドアップで映る。

 汚えツラ晒すな。


「なんの用だ?」


 俺は不機嫌だった。

 許してやれ。

 復讐はむなしいだけ。

 大人になれ。

 そういう意見もあるだろう。

 だが、そういうヤツにはこう言ってやる。


 ざけんなテメエら!

 そう言うヤツらは売られて見やがれ!

 俺の気持ちがわかるから!

 当たり前だ。

 そのせいで俺は2年間も酷い目にあったのだ。

 いや俺だけならいい。

 俺はまだ恵まれている。

 問題は他の女子生徒だ。

 吉田曰く、「歴史的に奴隷制は産業用途。男の方が高い。無茶させられるのは壊れにくい男の方だ」と言っていた。

 サイガも同じことを言っていたのでたぶん正しいのだろう。

 実際、細川は工房に徒弟として売られていた。

 買ったのは偏屈なジジイ。

 給料こそないが、ちゃんと弟子として扱っていた。

 だから、ここの連中を皆殺しにして、さっさとずらかるというプランを我慢してやっているのだ。

 最初の殺人すらためらってる俺はそう虚勢を張った。

 吉田は虚勢を張り続ける俺に言った。


「タカムラ。お前に言うことがある。覚えておけ。失われた誇りは取り戻すことはできない。たとえどんなに困難でも自分の誇りを優先しろ」


 吉田はたまに先生に戻る。

 俺はもう17だ。

 こいつの生徒じゃないのに。

 お節介な奴だ。


「それでも俺はあいつを許す気はないね」


「あいつを許せとは言っていない。あいつはお前を奴隷として売ることに積極的に賛同し、お前が死闘に身を置く状況を笑いながら見ていた。あの野郎はお前に殺されるだけのことをした」


「じゃあ問題ないな?」


「それがお前の出した答えならな。タカムラ。俺に約束しろ。己を恥じる選択はするな。わかったな?」


 殺すのとなにが違うのだろう?

 俺にはわからなかった。

 わからなかったが、説教モードになった吉田は面倒くさい。

 考えないで答えを言うと怒られる。

 面倒くさいヤツなのだ。

 しかたなく俺はしばし答えを探したが、俺自身は答えを持っていないことを確認するばかりだった。

 だから


「ああ。約束する」


 心にもない返事をした。

 少しは考えた。

 たぶん答えとしては合格点だろう。

 吉田はいつもとは違うなんとも言えない表情、まるで焼けた鉄板を触ったような顔をしていた。

 なんだそのツラ。


「とにかく考えろ。わかるな?」


「ああ。ちゃんと考えるよ!」


 変な野郎だな。

 俺は吉田との通信を終了し、駆動系に火を入れた。

 ローラーダッシュが火花を散らし、鋼鉄(くろがね)の床を削る。

 俺はその瞬間、余計な雑念を振り払った。


 闘技場に着くといつもとは違う黄色い歓声が響いた。


「我らがチャンピオン黒騎士タカムラが今コロシアムに到着しました!!!」


 ジェイソンの野郎!

 掌返しやがった!!!

 調子のいいことだ。

 あとで覚えてろ!


 闘技場では山岸が悠然と俺を待ちかまえていた。

 山岸は俺と同じ標準機。

 見た感じでは装甲も駆動系もいじった後はない。

 余裕こいてやがる。


「よう! タカムラぁ!!!」


 俺がバカを嗤うと山岸が大きな声で話しかけてきた。

 ボイスチャットとかのプライベートな通信ではない。

 わざわざ外部スピーカーで観客にも聞こえるようにだ。


「ここに集まったみんなー! 聞いてくれ。コイツは奴隷に墜とされたことを恨んでこの俺に復讐しに来たんだぜ! 笑えるだろ!? こいつ頭悪いから俺に勝てるって思ってやがるんだぜ!」


 嗤いながら山岸はアゼルの指を俺に向けた。


 みなさん聞いてくださーい!

 この野郎はねー。


 小学生かテメエは。

 わざと他人に聞かせてやがる。

 俺は悪意を感じ取った。

 俺を恫喝して俺を萎縮させるつもりだろうか?

 俺が山岸の意図を計りかねていると山岸は更に続ける。


「お前は弱いから売られたんだ? わかるだろー? なあわかってんのかコラァッ!」


 そう怒鳴ると山岸は闘技場の壁を蹴った。

 俺はその様子に子供のころテレビで見た縄張り争いで大きな音を出して威嚇する猿を思い出した。

 その時、俺は正直言って混乱していた。

 このバカは何がしたいのだろうか?

 なにを狙っている?

 そんなゴミ以下の姑息な手が、二年間も闘技場で生き抜いてきた俺に通じると本当に思っていやがるのか?

 それともなにか別の意図があるのではないだろうか?

 そう疑ったのだ。


「なあ? タカムラ! 土下座しろ! そうしたら半殺しで許してやる!!!」


 その台詞を聞いてようやく俺は理解した。


 もしかして……これはただのマウンティングじゃね?

 ああそうか。

 このバカは俺を屈服させたいのか。

 観客と俺に自分を大きく見せたいのだ。

 自分より下だと思った人間を嘲り嗤う。

 俺はこんなに凄いんだぞという示威行為。

 中学生の肥大した自我が起こす中二病。

 そのままなのではないか?

 山岸たちが中学のときに文化系の気の弱そうなやつにインネンをつける時によくやってたアレだ。


 もしかして……この野郎はこの二年間全く成長してないのか。

 こいつの頭の中は中学生で止まっているんじゃないか。


 俺は確信をした。

 ああ、コイツはゴミだ。


 目の前の男はなんとちっぽけな存在なのだろう。

 俺は山岸に対する興味を急速に失っていた。

 こんなやつはどうでもいい。

 俺とは違う世界の人間なのだ。


「なあ! タカムラ!」


 もういい。

 黙れ。

 時間の無駄だ。

 俺の胸は不快感でいっぱいになった。

 恥ずかしい。

 もう止めてやろう。


「よくしゃべる豚だ」


 山岸のせいで静まり返っていた闘技場に俺の声が響いた。

 俺は外部スピーカーをオンにしていたのだ。

 声は抑えているが山岸にも聞こえているだろう。


「いま……なんつった?」


「よくしゃべる豚だと言ったんだ。俺はお前に興味はない。俺が興味を持つほどの価値はお前にはない」


 闘技場の観客の誰かがブッとふき出す音が聞こえた。


「ああ!? やんのかてめえ!?」


「とうとうボケたのか? 俺はお前と闘いに来たんだ」


 俺はバッサリと切り捨てる。

 それは自分でもびっくりするくらい冷たい声だった。

 俺は山岸の顔も見えないのにその顔が真っ赤になっているのがよくわかった。

 次の瞬間、山岸は持っていた棍棒、俺には釘バットに見えるその物体を、俺の顔めがけて振り下ろした。

 キレて自制が効かなくなったのだろう。

 俺が思っているよりも山岸が頭が良ければ、不意打ちをしようと思ったのかもしれない。

 だが俺は闘技場に入る前からすでに臨戦態勢だった。

 こんな幼稚な手に引っかかるはずがない。

 なんたって卑怯は俺の専売特許だ。

 目つぶしでもしてやろうか。

 それとも耳を潰してやろうか。

 いや、今回はあくまで正攻法で行ってやる!


 俺はペアでダンスを踊るように山岸の懐に優しく侵入した。

 棍棒の重さでよろけて崩れていた山岸をホールド、両手で腕を掴むと俺は山岸の体の運動エネルギーを誘導する。

 そして体全体でスピンし、完全に体が崩れた山岸を回転運動に巻き込む。

 山岸はふわりと浮いたが、俺は重さは感じなかった。

 床から重い音が響いた。

 俺は仰向けになった山岸を見て、もっと屈辱的に投げるべきだったかなと思った。

 床にキスさせるとか。

 それほどまでに俺たちには実力差があった。

 構え、運足、体重移動、山岸のそれは全てが低レベルだったのだ。

 観客は絶句した。

 アナウンサーまでもが言葉を失っていた。

 最強であるはずの領主のこのザマを見たからだ。


山岸(おじょうちゃん)、本気出さねえなら土下座して負けを宣言しな」


 俺は露骨につまらないという態度でそう言った。

名前被りが発生してました……

チェック漏れです。

牧瀬香織 → 牧瀬結菜 にひっそり変更しましたorz

すみません。

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