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再会

 俺は吉田を連れてダ・ヴィンチの工房へ向かった。

 金属で区切られたどこまでも続く室内。

 その区画を移動していた。

 途中チンピラが商店の前にウンコ座りしているのを見て、俺はメンチをきる。

 メンチビーム!


「サバンナの肉食獣かお前は!」


「うるせー!!!」


 俺は吉田のツッコミへ抗議する。

 チンピラには一応威嚇しておくべきだ。

 ヤンキーは目をそらしたら次の瞬間襲ってきやがるからな。

 すると、いきなりチンピラの一人が俺を指さした。


「あ、タカムラだ! おい、黒騎士だぞ! 生黒騎士!!!」


 ん?

 なにかがおかしい。

 いつもと反応が違う。

 なんか好意的な反応だぞ!


「あ、デビュー当初からファンでした。サインお願いします!!!」


「え? ファン?」


 ちょっと待て、俺にファンなんて存在したのか!?

 するとチンピラ興奮したように言った。


「タカムラさんのあのヒールッぷり、俺たちクズの星っす。今度は山岸戦っすね! がんばってください!」


 うれしくない!!!

 全然うれしくない!!!

 アレか!

 DQN御用達のスポーツ選手!

 俺はそのポジションなのか!!!

 俺は痛キャラ扱いなのかあああああ!!!

 自分の中で新たな葛藤が生まれながら俺は生まれて初めてのサインをした。

 汚い字で。

 恥ずかしい!!!


「お前、男にはモテるのな」


 そんな俺に吉田の非情な台詞が浴びせられる。

 バカが心を折りに来やがった!


「吉田ぁッ! その言葉死んでも忘れないからな!」


 俺は泣きそうになりながら怒鳴った。

 まあ俺の負けだ。

 クッソ!

 あとで仕返ししてやるからな!

 靴の中に画鋲入れてやるんだからな!

 ……それにしても俺、なんか人気出るようなことしたか?


 結局、思い当たりもなく、考えているうちに俺たちは工房へ到着した。



 工房の中に入ると、頭の禿げたオッサンが俺を指さした。


「おお! 全裸男!!!」


「その呼び方はヤメレ!!!」


 俺は脊髄反射でツッコむ。

 やっぱり覚えているヤツがいた!

 俺の全裸放送事故を覚えているヤツがいたのだ。

 いやん!

 私の恥ずかしいところが丸映りしたのを覚えてるやつがいたー!

 そんな俺のささやかな羞恥心など関係ないとばかりに、オッサンはズカズカと大股で近寄ってくると俺の胸倉を掴んだ。


「てめえ! ウチの一番弟子を泣かせたらぶっ殺してやるぞ!」


「オッサン! ちょっと意味がわかんねえよ!!!」


「トボけんなこの野郎!!! ありゃ俺の娘みたいなもんだからな! 泣かせやがったらこのダ・ヴィンチが地の果てまで追い込んでやる! わかってんのかテメエ!!!」


 顔を真っ赤にしたオッサンが、俺の胸倉を掴みながら怒鳴る。

 このオッサンがダ・ヴィンチなのか!

 俺なにかやったか!?

 いや俺は会うのは初めてだ。

 だいたい娘って!

 俺にはまったく身に覚えがない。

 女性なんて俺の周りには一人もいないぞ!

 誰一人として……オラ……なんだか……死にたくなってきたぞ……

 そうだ!

 ファンの女の子!!!

 いやそれはない……

 チンピラはレアケースだ。

 お前ら、俺はついさっき男のファンがいることを知ったばかりだぞ!

 女の子との接点なんて……死にたくなった。

 そして混乱する俺への糾弾会へもう一人が参戦する。


「やはり貴様ああああああぁッ! ファンのJCを隠してやがったな!!!」


 鬼の形相をした吉田が俺の胸倉を掴む。

 濃い顔が二人並んでいる。

 二人で引っ張るな!

 首が絞まるだろが!?


「吉田ぁッ! 頼むからお前は黙ってくれ!!!」


 吉田の手にタップしながら俺は言う。

 最早なにがなんだかわからない。

 なにがあった?

 娘って誰よ!!!

 ダ・ヴィンチの爺さんの方もさらに俺を締め上げる。

 っちょ!

 ら、らめえ!


「てめえ! 香織をたぶらかしやがって!!!」


 え?

 香織?


 ……もしかして!?


「親方ぁ! エンジンの音が聞こえないから怒鳴らないでくださいよー。怒鳴り散らされたら仕事が進まないッスよー」


 鉄板入りのエンジニアブーツが金属製の床を踏みならす音が響いた。

 そして声の主がやってくる。


「聞いてるの親方ぁ……って、タカムラ! それに……吉田先生!」


 それは高い声だった。

 女子の声だ。

 この声には聞き覚えがある。


「細川……?」


 俺の声は震えていた。

 細川香織(ほそかわかおり)

 クラスのにぎやかし担当。

 いつも凶暴ヤンキーの菊池や小平とつるんでいた女子だ。

 見た目は派手。

 自分の顔を自覚していて、それを魅せる手段を知っているタイプの女子だ。

 いわゆるギャルというヤツだと思う。

 正直、自信がないが……

 そういう文化がわからぬ。

 友達に売られるとは思ってなかったらしく、奴隷商に引き離されたときには涙で化粧が崩れていたっけ。

 でも案外優しいことを俺は知っている。

 何よりも俺を唯一信じてくれたヤツだ。


 細川の外見は変わっていた。

 染めていた髪は元の黒髪、しかもバッサリ切ったショートヘアになっていた。

 派手な顔は、化粧っ気もなく機械油がつき、横文字ブランドの服は整備工のツナギと軍手に変わっていた。

 街で会ってもわからなかったかもしれない。

 それほど彼女は変わっていた。

 剣闘士になる前、いわゆるオタクだった俺と彼女は違う世界の住民。

 校内カーストの最下位と最上位。

 接点は全くなかった。

 それでも……俺は……


「細川ぁ……」


 なぜか涙が流れてきた。

 俺の二年間、それがこの瞬間ようやく報われたのだ。

 まだたった一人だ。

 それでも二年間を費やして初めてクラスメイトを見つけたのだ。

 情けなくも泣き崩れた俺の頭にポンと吉田が手を置いた。

 首を絞めていた手をなかったことにして。


「タカムラ。よかったな……」


「せんせ……い……よかった! 生きててくれてよかった!」


 泣き崩れる俺に細川は近づいた。

 最初は彼女も涙を浮かべていた。

 だがいつまでもグシグシと泣いている俺を見ると、細川は油まみれの軍手を外すと、手を大きく振りかぶり俺の背中を……


 思いっきりひっぱたいた。


「高村! まだ終わってないよ! ヤマギシ倒さないとみんな助けられないよ! ほら、シャンとしなさい!」


「うあ……」


 間抜けな声を俺は上げた。

 細川は怒っていなかった。

 その証拠に顔を見上げた俺にニコッと笑いかけた。

 その顔を見て俺は冷静になった。

 確かに少しみっともなかった。

 そうだな。

 男は泣くもんじゃない。


「……すまん」


 俺は立ち上がった。


「お前相変わらずドSだな。でもいい女になったじゃねえか」


 吉田はそう言って笑っていた。


「せんせーせくはらー!」


 細川はまるで昔のように吉田へ軽口を叩いた。

 『いい女』と言った割りには性的な興味はなさそうである。

 特に細川は俺と同じ年にしては大人びた印象だ。

 吉田のストライクゾーンからは出てしまったようだ。

 このロリコンめが!!!

 こうして俺たちは旧交を温める。

 だがそれが面白くない人間もいるものだ。

 特に一人蚊帳の外にされてしまったとしたら。


「オイコラお前ら! 俺を忘れてねえか!!!」


 再会のイベントが終わったのを感じ取ったのかオッサンが僻みながら怒鳴った。

 いや忘れてねえから。

 たぶん。


「黒騎士ぃ、オメエのアゼルをこの俺、ダ・ヴィンチとその一番弟子である細川が限界までチューンしてやる! ありがたく思え。ガハハハハ!!!」


 オッサンが高笑いし、細川は俺に笑顔を向ける。

 その笑顔はくだらないイタズラを仕掛けるときの顔だった。

 そうだ!

 思い出した!

 細川ってこういうヤツだった!


「細川ぁ! オメエの作ったアレを出しやがれ!」


「あいよー!!!」


 細川が昇降機のボタンを押した。

 ドックの地下から、なにかがせり上がってくる。

 ガシャンと言う音とともにその全貌が顕わになった。

 おい待て、これって……


「細川……これって……使えるのか?」


「もちろん! アニキがこういうの好きでさー。構造は知ってたんだわ。でも実際作るのは苦労したぜ!」


 どうだすげえだろ!

 細川は胸を張って鼻息荒く言った。

 でかい……だと!


「なあ、タカムラさんよう……今どういう目でウチの弟子を見やがった?」


 オッサンが俺の肩に手を回すと凄みを効かせて脅してきた。

 完全に(メンチ)で殺しにきている。


「素晴らしい職人だと尊敬の眼差しで見ておりました! サー!」


 このオッサン怖い!!!

 こうして俺は新兵器を手にヤマギシに挑む事になった。

 俺に死ねない理由が一つできた。

 そうだ。俺は生き残らねばならない。

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