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ダ・ヴィンチの工房

 それは会議でのことだった。


「ざけんなゴラァッ!」


 俺はサイガに怒鳴った。


「ジャンクヤードで整備する約束だろが!!! なんでヤマギシの息のかかった工房で整備するんだよ!!!」


 俺はサイガに詰め寄る。

 俺が怒るのも無理はない。

 サイガの野郎が突然、修理の工房を変更すると言いだしたのだ。

 ヤマギシの息のかかった工房で整備するなんて自殺行為だ。

 ヤマギシのバカは確かに頭が弱くて運動神経も秀でていない。

 分数の割り算があやしいレベルだ。

 さすがに自分の名前は漢字で書ける……よな……

 ゆえに万年補欠だ。

 だがアイツは敵を罠に嵌めるのが異常に上手いのだ。

 AくんとBくんの両方が邪魔だ。

 それならAくんとBくんにあることないこと吹き込んで戦わせて消耗したところを後ろから攻撃する。

 それがヤマギシという男なのだ。

 とにかくセコイ。

 まあ俺が言うのもなんだが……

 ずるいと言うより卑劣。

 決して同キャラ対戦ではない。

 ち、違うんだからね!!!

 俺のは味。

 山岸のは下衆。

 ……自分で言ってたらなぜか自信がなくなってきたぞ。

 とにかく違うの!

 ところがサイガは俺の意見を却下する。


「はあ? メインカメラはガッタガタ。首の神経ケーブルからなにから引きちぎれまくり、どうやって直すんだ! スクラップつなぎ合わせるのも限界があるんだよ。このおバカ!」


 それを言われると辛い。

 特定の工房を持たない俺たちは毎回違う工房で修理している。

 いつもはジャンクヤードと言われるゴミ集積場にあるフリーの職人に頼んでいる。

 正直言ってあまり腕の良い職人ではない。

 彼らは工房から逃げ出した奴隷や犯罪に手を染めた職人のなれの果てなのだ。

 連れ戻すより別の奴隷を用意した方がコストが安い。

 そういう連中なのだ。

 なので、修理方法はスクラップになったアゼルを買い取って、使える部品だけを取り出して、アゼルの壊れた部分と交換。

 いわゆる二個一(ニコイチ)で修理している。

 一つ一つの部品を修理出来る人間がいないのだ。

 メリットは安い。

 デメリットはジャンクヤードの誰もがカスタマイズできるほどアゼルのメカニズムを理解してないこと。

 それに、あまりにも損壊が激しい場合は修理出来ない。

 つまり今回の頭部の故障は底辺の工房では手に負えないのだ。

 だが……腕の良い職人や工房は、ほぼ全員が山岸が囲い込んでいる。

 あのクズオブクズの山岸が何してくるかわからない。

 それにそもそも、俺の機体の修理を請け負ってくれるのかが疑問だ。

 俺は嫌われているからな。


「いや……しかし……どこの工房だよ」


「ダ・ヴィンチ」


「はい!? っちょ! おま!」


 俺は驚きのあまり声を上げた。

 それも無理はないのだ。

 ダ・ヴィンチ。

 セクション47最高クラスの工房だ。

 かつての前領主御用達。

 職人の中の職人ダ・ヴィンチを頂点とした超絶技巧集団だ。

 と、言っても山岸の不興を買って職人達は散り散り、今では親方一人弟子一人で細々とやっているらしい。

 それでもかつての栄光は今も健在。

 なんたって俺が知っているくらいだ。

 最高の腕を持つと評判の工房である。

 日本で言うなら金があるだけじゃ買えないレベルの老舗ブランドみたいなものだ。

 確かにそこではに山岸の手は及ばない。

 だが……俺のような不人気剣闘士の機体を修理してくれるはずがないのだ。

 そもそも正規の騎士専門だろう。


「いやいやいやいやいや! 無理だろ!?」


 俺は顔の前で手を振る。

 どう考えても無理だろ。


「いいや、話はついている」


「サイガ……今度はどんな詐欺をした……?」


 俺は真顔で心配をする。

 だって心配じゃん。

 こいつ結構無茶するし。

 サイガは露骨に嫌そうな顔をする。


「お前……俺にどんなイメージを抱いている」


「生まれながらの詐欺師? 寿命のある悪魔?」


 あとポテチ好きで食べ過ぎて飯を抜く肝臓自爆テロリスト。

 それに酒飲むと泣き上戸になるウザ系男子。

 それに……それに……

 俺が考えているとサイガが恨みがましい声を出す。


「……せっかく俺が気を使ってやってるのに酷えなおい!」


「へ? 気を使うって?」


「いいから、ガタガタ言わねえでダ・ヴィンチのジジイの所に行きやがれ!!! これは命令だ!!!」


 サイガが俺を買ってからはじめて俺に命令した。

 今まで俺は共犯としてコイツと契約関係にあった。

 一度たりとも命令されたことはないのだ。

 なにかがおかしい。


「裏切るつもりか?」


 俺は凄みをきかせて聞いた。

 ダ・ヴィンチの工房に言ったら山岸の兵隊がいていきなり殺される。

 ……いまいちピンとこない。

 山岸の性格上、俺を殺すのは闘技場に違いない。

 卑怯なことは闘技場でやるに違いないのだ。

 だが可能性は否定出来ない。

 もしかすると山岸もこの二年で賢くなっているかもしれない。

 サルもいつかは人間まで進化するかも……いや……ねえな。


 俺は一人で納得する。

 もしかするとくだらない用事か?

 俺はサイガがどう返してくるかを見極めようとしていた。

 だがサイガの反応は俺の思っていたものとは異なっていたのだ。


「違うね! 行けばわかる。行かなきゃ後悔するぞ! これは保証してやる」


 サイガは真っ直ぐ俺を見据えていた。

 よほどのことがあるようだ。

 それもくだらない用事ではないだろう。

 しかたない。

 気が進まないが見るだけ見てこよう。


「わかった。理由も言えないんだな?」


「ああそうだ。楽しみにしておけ。あ、そうそう。吉田の旦那も連れてけ。喜ぶぞ」


 なんだ?

 吉田のバカと一緒にいるところを一網打尽に……

 ……うん。ないな。

 いや、あのバカを殺すのは難しいだろう。

 何人にいようが返り討ちに遭うだろう。

 サイガもよく知ってるからな。

 山岸だってその発想はないだろう。

 ホント……なにがあった?

 俺が首をかしげているとサイガは真面目な顔になる。


「おい、タカムラもう一つ。約束を忘れるな」


「ああ。山岸は殺す」


 俺は渋い表情でそう言った。

 これこそが俺とサイガの約束だった。

 サイガは山岸になにか恨みがあるらしい。

 理由は聞かないがな。

 そのおかげで奴隷としては良い生活をさせてもらったのだ。

 俺たちは主人と奴隷ではなく、共犯者だからだ。

 だが……俺に同級生が殺せるか?

 それが問題だった。

 殴るのには抵抗はない。

 だが殺すというのは……うーん正直想像がつかない。

 俺は俺自身のヘタレさをよくわかっている。

 どうやって日本人の倫理観を越えるのか。

 それは難しいような気がしていた。

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