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剣闘奴隷タカムラ 1

 黒く変色した機械油と錆。

 無数のケーブルとパイプが縦横無尽に張り巡らされた壁。

 どこまでも行っても屋内が続き、そこを人工物がぐるりと囲む。

 セクション47。

 それが俺のいる世界だった。


 闘技場の油圧式のゲートがガラガラと音を立てて開いていく。

 俺は操縦席で拡張現実の表示からステータスを調べる。

 オーナー表示には俺の名前。

 高村(タカムラ)陽炎カゲロウ

 うん。

 我ながら見事なDQN(キラキラ)ネームだ。

 他の表示には異常はない。

 心拍数。

 血圧。

 体温。

 脳内物質。

 自分の体に取り付けられたセンサーの数値も異常はない。


 俺が乗っているのはいわゆる人型巨大ロボット。

 ここではアゼルと呼ばれている。

 二足歩行で手が器用に使えるタイプ。

 いわゆる人間型だ。

 ハンドルはない。

 感覚的な思考を読み取るヘッドギアがコントローラーだ。

 センサーだらけのアゼルオペレーター用のスーツに拡張現実によるアシスト。

 これにより脳のスピードとほぼ同じ処理が可能とのことだ。

 ダメージを受けたときに操縦者へ痛みを返すフィードバックまで標準装備だ。

 余計なことをしやがって。


 俺はオペレーションメニューを展開する。

 俺の目に拡張現実としてメニューボタンが広がる。

 タッチも操作も必要ない。

 視線操作も念じる必要もない。

 脳が必要と思っていれば必要とする機能へアクセスされる。

 それは明らかに俺がいた技術立国日本を上回るものだった。


 ローラーダッシュ。

 俺は足の裏に搭載されている高速移動装置、ホイールを回転させ地面を走行する装置にアクセスする。

 俺は思考する。

 ショートカットメニューが開く。

 それと同時にONが点滅する。

 ラグは全くない。

 思った瞬間に起動する超高速処理だ。

 だがハードは少し違う。

 機械動作部分、ローラーダッシュはワンテンポ遅れて作動しはじめた。


 俺は転ばないように、やや前傾姿勢を取る。

 一瞬の間の後、俺のアゼルは一気に加速した。


 俺はトップスピードで闘技場(コロシアム)のゲートをくぐる。

 ここで待ち伏せされていたら厄介だ。

 ゲートをくぐるときが一番危険なのだ。

 機体の周り360度が投影された操縦席。

 機体の前を向いていた俺の視界の端になにかが見えた。


 攻撃だ!

 俺は確信した。


 それは巨大な斧。

 それが横なぎの軌道で俺を真っ二つにしようと突き進んできた。

 やはり来やがった!

 俺はわざと後方へ倒れ込み、加速した勢いのままスライディングする。

 俺の機体、その頭部が存在したところを斧が通っていく。

 斧が俺のアゼルの頭を掠めたとき、振動刃(ソニックブレード)特有の耳障りな高音がコックピットに響いた。


「危な!」


 今のは少しヤバかった。

 正直肝が冷えたぜ!


「くっそ! ソニックブレードか! 高級品持ってやがる!」


 俺スライディングから態勢を変え、そのまま転がる。

 そしてその勢いを使って起き上がった。

 斧を持つのは青い機体。

 俺に手の甲を下にして「来やがれ」と招く仕草をする。

 それはあきらかな挑発だった。


 この野郎!

 もう勝った気でいやがる!


 俺は憤慨しつつも態勢を立て直す。

 そして脚部に収納された剣を引き抜き相手に向けた。


「おおっと黒騎士! 生意気にも今のを避けました!!! ゴキブリ並のしぶとさです!」


 コックピットに興奮した司会、アナウンサーであるジェイソンの声が響く。

 俺はジェイソンの野郎には虫けらのように嫌われている。


 いや……ジェイソンだけではない……


 闘技場の観客席から一斉にブーイングが上がる。

 ある理由から闘技場の客からも見事に嫌われているのだ。

 俺の活躍に別な意味で興奮した観客がゴミを投げ込む。

 ヒールは辛いね。


「なにが黒騎士だ。このドアホどもが!」


 俺はそう毒づきながら、ジリジリと少しずつ間合いを詰めた。

 すると、一気に決着をつけたかったのか、対戦相手は頭の上に大きく斧を振りかぶった。

 縦斬りを仕掛けてくるつもりだ。

 そして一気に凄まじい足の回転、巨体には似合わない不自然な素早さで間合いを一気に詰める。


 速い!

 それにあの不自然な動き。

 脚部のパワーアシストか!

 金をかけたカスタマイズだぜ!

 俺の乗ってる標準機にはパワーアシストはない。

 挑発に乗って突撃したら今ごろ真っ二つだったかもしれない。

 明らかに不利なこの状況。

 だが俺はにやりと笑った。



 パワーアシストは確かに速い。


 だけど……


 俺の方が速え!!!



 次の瞬間、床に突き刺さる斧から火花が散る。

 対戦相手が斧を振り下ろした先、そこに俺はいなかった。

 相手のサイドへ回り込み相手の手首を掴んでいたのだ。

 俺の機体は脚部パワーアシストほどのスピードは出ない。

 だがパイロットの俺は?

 俺には無駄な動きはない。

 最短距離で距離を詰め、かつ相手に捕捉されにくいすり足。

 日本武道の基本、死ぬほど練習した基本で相手との距離を詰めた。

 あとは間合いを盗む入り身。

 急ターン。つまり転換。

 それだけで相手のサイドに並ぶ形で回り込んだのだ。

 雷の如き速さで自由自在にして変幻自在のステップ。

 これが俺の持ち味だ。


 ……自分で言ってて少し恥ずかしかったぜ。


 俺は斧を振り下ろした相手の片手。

 その首を掴んでいた。

 達人だったらそこから小手返し。

 いや呼吸投げで相手に何が起こったかもわからぬまま投げることができただろう。

 だけど俺はまだ未熟だ。

 もっとシンプルな手段で行く。

 俺は敵機体の掴んだ手首の先、その腕に剣を振り下ろす。

 金属がひしゃげる音。

 金属の反発する力が手にビリビリと響く。

 反発があるということは切断に失敗したということだ。

 案の定刃がめり込んだだけだった。

 だがそれで充分だった。


 複雑な人間型アゼルの内部。

 そこに深刻なダメージが起きた。

 人工筋肉繊維の断裂。

 内部骨格へのダメージ。

 人間で言うところの骨折。

 各種センサーの故障。


 そして痛みのフィードバック。

 激しい痛みが相手を襲ったに違いない。


 俺は間髪を入れず、今度はがら空きの胴を狙い剣で薙ぐ。

 操縦席は胴体にある。

 闘技場で使われるような旧型のアゼルだったら、当りさえすれば一撃で戦闘不能にできる。

 だが相手もかなりの腕だった。

 それは斧を放棄した相手の手、折れていない方の手がさしこまれブロックされる。

 弾かれる俺の腕。

 だが俺はそれを予想していた。

 俺は達人ではない。

 一発で決まるとは最初から思っていない。

 連続技で仕留めるのだ。

 俺は弾かれる己の腕をくぐるように半歩踏み出し、腕を額の上で振り下ろすように変化させ、縦斬りをする。

 これもブロック。

 相手の手で下に叩き落とされる。

 素手の間合い。

 超近距離での超高速の攻防。

 これが俺の間合いだ。

 ヤツもしっかりと対策を立てて来たようだ。

 俺たちはその後も攻防を続ける。


 叩き落とされた手。

 重い武器なら床に突き刺さっていただろう。

 だが俺のは片手剣だ。

 軽く、その軌道は自由自在だ。

 何より片手が自由に使える。

 俺のは剣術ではなく武器格闘術なのだ。

 打撃、投げ、関節技なんでもありだ。


 俺は背中の筋肉をフルに使い、剣を持っていない手、左拳を相手の機体その顔に叩き込む。

 俺の拳にビリビリとした衝撃が伝わる。


「うっわ! かってえええええ」


 俺は思わず叫ぶ。

 拳が痛い。

 機体がダメージを負ったときのフィードバックだ。

 機体の安全装置の一つで殴ったダメージまで反映されやがる。

 くっそ無駄に細かい仕様しやがって!

 今のビリビリは固いものを殴ったダメージだ。

 相手は頭部の装甲を厚くするカスタマイズをしてやがったのだ。

 マジで痛えだろが!

 だが相手もフラフラとしていた。

 脳震盪を起こしたのかもしれない。

 オッシャ! 効いてる!

 俺は涙目になりながらも置き土産とばかりに離れ際に相手の太腿に斬りつけた。

 手応えアリ!

 ジェイソンの声が響く。


「セコい! 黒騎士が足を切りつけました!」


 あの野郎いつかぶっ殺す。

 俺がむっとするのと同時に相手が膝から崩れ落ちた。

 俺の勝ち?

 いやまだだね。


 ここの闘技場は二年前まではここで勝敗が決していた。

 だが、今は……


「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 観客席から殺せコールが上がる。

 俺はその声を聞いてムクムクと反抗心が起き上がった。

 ざけんな!


 俺は剣を相手に突きつける。

 俺は距離を取り残心、つまり攻撃できる態勢のままでいたのだ。

 トドメを刺すことはできた。

 だが意地でもアイツらの望むようなトドメは刺さない。

 現代に生きる日本人の技ってのを見せてやる!

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