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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅴ 彼女の想い
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3-1



 中に戻るとクリューはまず、店内の二人に「うるさくしてごめんなさいでした」と頭を下げた。

 客の手前ひどい説教はできなかろうという打算ゆえの行為だったが、その計画は見事成功を収めた。スプートニクはそれに不機嫌そうな顔をしたものの、客の「いいのよ、子供は賑やかな方が可愛いわ」という言葉のおかげで何も言えなくなったようだった。

 そして客が帰る前に、逃げるようにして昼の休憩に入ってしまう。二階に走り、部屋に戻って、今後のことを考えた。

 ベッドの脇からウサギのぬいぐるみを持ってきて、机の上に、こちらを向いて座らせる。

 そしてクリューは、宣言した。

「それでは、会議をはじめます」

 机の棚からメモ帳を取り出して、まだ使っていないページを開く。それの一番上のところに、『いえでけいかく』と大きく書いた。

 まず考えるべきは身を寄せる先だが、それはクリューの中ですでに決まっていた。となれば次に考えるべきは、家出に必要なものだ。

 きょろきょろと室内を見回して、まず一つ目に『うーちゃん』と書いた。

「うーちゃんはとても大事なので」

 連れて行かないわけにはいかないのである。

 先日のフィーネチカ市の訪問だって、専用のリュックサックに詰めて一緒に行った。リュックはぬいぐるみよりもちょっと小さくて、詰めると頭と耳が外に出てしまうのだけれど、背負ってしまえば持ち歩きに不便なかった。

 それから。大人の世界は『資金』がないと何もできないことを、クリューはきちんと知っていた。

 貯金箱を取り上げて振ると、じゃら、じゃらと音がする。口から中を覗くと、たくさんの銅貨が入っていた。

「うん」

 それにもし足りなかったとしても、クリューには奥の手があった。いずれにせよ、然したる問題にはならないはずだ。

 大きく頷いて、改めて、考える。さて、他には何が必要だろう。旅をしていた頃、自分は何を持ち歩いていただろう。

 思えば旅をしていた頃は――いや今でも大半はそうだけれど――難しいことの一切はスプートニクが担っていた。人に怯えて何もできないクリューのことを、スプートニクは責めずに連れ歩いてくれたのだ。

 ……ふと、今の自分の行動に、罪悪感を覚える。

 彼の元を黙って離れるだなんていうのは、そうまでしてくれた彼への裏切りではないか?

「ちがいます」

 そう問う誰かへ否定をして、大きくかぶりを振る。そんなことはない、ひとえに彼が彼女を見てくれないのが悪いのだ。隠し事をして、ちゃんと全部喋ってくれない彼が悪いのだ。

 けれど巣食った罪悪感は心から離れない。体の奥をちくちくと刺す痛みに、クリューは胸元をきゅっと握って――

 不意に気づく。

「黙って行かなければいいんです」

 そう。きちんと伝えておけばいいのだ。

 それなら問題ないでしょう? と心の誰かへ問いかけながら、クリューは引き出しから、お気に入りの封筒と便箋を取り出した。



   *



 そろそろ便りが、届いても良さそうなものだが。

 思いながら入口扉を見るが、ベルの揺れる気配はまったくなくて、スプートニクは長く細く息を吐いた。

 昼休憩から早めに戻り、時間潰しも兼ねて業務日誌を開いたところで、彼は数日前に納品を果たしたはずの一つのアクセサリーのことを思い出したのだった。

 はずの、というのは、郵送で納品したからであって、直接本人に手渡したわけではないせいだ。スプートニクの抱える得意客には、わざわざ会いに来たがるような、逆に言えば彼に会うために仕事の依頼をしてくる女性は少なくない――そしてそうして来てくれた顧客を『接待』するたび従業員クリューが臍を曲げる――が、そうでないのも、勿論いる。

 そういう客には使いを出して貰うか、もしくは郵便でのやりとりが主な方法だった。今回の顧客は後者の方法を取ったわけだが、送って数日、受領の報告が未だないことが気になった。さて本当に、無事届いているのだろうか。

 だが、あまり細かいことで悩むのは性に合わない。いずれ便りも届くだろうと結論づけ、日誌を閉じた、そのとき。

 ぱたぱたぱた、と音が聞こえた。

 階段を下りる軽い足音。こちらも今の彼の『悩みの種』だ。いやむしろ、彼の日常に深く関わってくる分、こちらの方が深刻だった。いつもに比べて足音が早い気がするのは気のせいか――思った瞬間。

 ずばたん、と一際大きな音がした。

 何事かと、つい腰を浮かす。様子を見に行くか迷っていると、やがて『従業員専用』の戸が開き、そこから従業員兼我が家のストーカー見習いが現れた。何をそんなに興奮しているのか、頰は赤みが差し、息はやや上がっている。

 そして、赤くなっているのは頬だけではない。

「さっきの音、どうしたんだ」

「階段でこけました。でも二段だけです。二段くらい誤差です」

「誤差」

「問題ないです。それより!」

 膝も頬と同じような色をしていて、脛のあたりには小さな擦り傷が見て取れる。

 が、そんなことは些事であるとばかりに言い切って、クリューは手に持ったものを勢いよくスプートニクに差し出した。デフォルメされた大量のひよこが踊るその封筒は、彼女の気に入りの逸品らしく、よく中遠距離郵便を出すときに使っていることを知っている。

 待ちわびていたものとは違うそれを、スプートニクは一応、受け取った。

「……読めばいいのか?」

「ですっ」

 らんらんと輝く瞳を横目に、スプートニクは糊づけされていない封筒のベロを持ち上げる。中に入っている一枚の便箋には、同じくたくさんのひよこが右往左往していて、その隙間を縫うように、短い文章が書かれていた。



  あしたとあさってはおやすみします。



 ……眉を寄せ、クリューを見る。

 と、彼女は自身の意思が通じたと思ったか、両手を頬に当てて「えへ」と照れ臭そうに笑った。

 しかしこの子供の奇抜な思考回路を正確に読み取れる頬にスプートニクの人生経験は豊富でない。だから、

「お前はいつから俺の店の定休日を決められるほど偉くなったんだ?」

「違いますっ」

 思い浮かんだ疑問をそのまま口にすると、クリューは胸の前で拳を作り、嫌々をするようにかぶりを振った。栗色がばさばさと、踊るように舞う。

 そうして満足行くまで頭を振ると、彼女はまた、先ほど手紙を差し出したときのように両腕をスプートニクの頭に伸ばした。しかし今度は何も握っていない。

 彼女はそのままの姿勢で、笑顔で、言った。

「ゆきゅーかください」

「ゆ……?」

 とは何ぞや。

 『欲しい』というのだから、きっと何かの物なのだろう。けれど菓子の種類、玩具の種類には聞いたことがない。給料の前借りを望むほどに、金の使い方に関して考えなしではないし――

 手紙の内容と併せて考え、やがて気づく。

「……有給休暇な?」

「それです」

 真面目な顔で、頷く阿呆。

「ください」

「理由は?」

「ええと、ええと、ええと」

 間髪空けずに尋ねると、しばらくあちこちに視線を彷徨わせ、

「私事都合のため」

「そういう言葉ばっかり覚えやがって」

 ぼやいた声は、自分でもわかるほど低く、濁ったものになった。

「まァ、いいよ。休め」

「申請の書類の書き方わからなかったので頑張りました。それでいいですか」

「……いいかどうかと言われると壊滅的に良くないんだが……まァ、受理しよう」

「やった」

 有休は労働者に与えられた正当な権利で、申請がされたのなら確かに受け入れなければいけなかった。たとえそれが、ひよこまみれの便箋でも。

「それから、それからですね」

「なんだ。まだ何かあるのか」

「えへへ」

 照れ笑いを浮かべると、回れ右をする。スカートがふわりと広がった。背を向けて『従業員専用』の戸の中に消えるが、間を置かず戻ってきた。すぐそこに待機させていたのか、腕にはぬいぐるみが握られている。

 スプートニクにも見覚えがあった。昨晩、喫茶店カフェフィーネで貰ってきたぬいぐるみだ。

「この子をクーと思って可愛がってくれていいですよ」

「はァ?」

「クーがいない間、この子をクーと思って寂しがってください」

 普通こういうものは、子供が『寂しがらない』ように与えるものではないのだろうか? ―― 一人にされた大の大人が、寂しがるか否かは別にして。

 ……しかし。いそいそと卓上鏡の隣にぬいぐるみを設置する彼女を見ながら、スプートニクは思う。雇用者として休暇の許可をしても、保護者として自由な行動を許すかとなれば、またそれは別の話である。

 右手で便箋を開き、左手の小指で耳など掻きながら、浮かれた様子のクリューに問いかけた。

「受理はする、がな。その二日間で、お前、何するつもりだ」

 ――と。

 こちらに背を向けたクリューの動きが、ぴたりと止まった。

 自分がいないことを寂しがってくれ、ということは、受け取り方を変えれば、「自分は家を不在にする」ということだ。おそらくは、二日もの間。

 彼が仕事で家を離れることはあっても、彼女が自ら距離を取ろうとすることなんて、今までただの一度たりとなかった。だから気になって、そう尋ねたのだが。

 なのにいつまで経っても答えは返らず、頑なに振り向こうとしない。

「オイ」

「や、ややっ」

 しびれを切らして声をかけると、クリューが突然、万歳をした。

 小走りでカウンターの中に入っていくと、棚の下からインクの瓶を取り出して、掲げる。

「大変です。インクがこんなに少なくなってます」

「一昨日買い換えたばっかりなんだが」

「今にもなくなってしまいそうです」

「たっぷんたっぷんしてるんだが」

「これは良くありません。ゆゆしきことです。クー、急いで買い物に行ってきます!」

 職務に忠実な従業員を演じたいようだが、残念ながら目は泳いでいるし、手は忙しなく握って開いてを繰り返しているし、ついでに一人称は『クー』になっている。どう見ても怪しい。

 けれど彼女はスプートニクに、追及の間を与えなかった。元気よく右手を上げると、

「それでは行ってきまちゅっ」

 噛んだ。

 痛かったのか両手で口元を押さえ、しばらく涙目で佇んでいたが、やがて痛みが治まるともう一度「行ってきます」と今度は正しく宣言し、入口扉から飛び出していった。

 ――と思ったらすぐに戻ってきて、奥に引っ込むと、ポシェットを持ってまた出ていった。

 一人になった店内で、スプートニクの口から自然と、ため息が出る。

 同じように、言葉も、自然と出た。

「……なんなんだ、一体」




■お知らせ

 4/24(金)、特設サイトに、書籍の店舗特典情報と担当編集さんのインタビューが追加されました。

 また、来週5/3(日)に書籍版発売です。どうぞよろしくお願いします。

 http://www.wtrpg9.com/novel/ponicanbooks/


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