2-5
――そのとき。
「お話し中、失礼するわね」
賑やかな室内でもよく通る声がして、顔を上げる。
見ると、エルサが隣に立っていた。両手にいつもの盆はなく、白い小箱を一つ、胸の前に捧げるように持っている。蓋は空いたままで、男二人の視線が自身の方を向いたことを確認すると彼女は、箱を傾けて中身を二人に示してくれた。まるで宝石のようにきらきら光る、色とりどりのカップが収められている。
「リャン君、お土産できたわよ。こんな感じでよろしいかしら」
「ありがとう、予想をはるかに超えた素敵なお土産だよ! これなら彼女も機嫌を直してくれるに違いない!」
演技がかった彼の口調に、エルサは口元を押さえてくすくす笑った。
箱を閉じ、手渡す。土産の代金を受け取り、彼女は仕事に戻るのか――と思いきや。
「それから、スプートニクさん」
「俺?」
「ええ。クリューちゃんがね」
ちょっと、と手招きをする。わざわざ行かずとも、と思って彼女の座っていた席へと視線をやるが、先ほどまでは衝立の向こうに見えていた、クリューの姿が今はない。どこに行ったのだろう。
仕方なく、立ち上がってそちらに行くと、彼女がいなくなったわけでないのはすぐにわかった。
「なんだ、寝ちまったのか」
「ふぴぃ」
丁度いいタイミングで鼻が鳴ったが、返事をしたわけではないのだろう。
机に伏せて目を瞑り、幸せそうな顔で眠っているクリューに、エルサは目元を緩ませ、ソアランは「きゃわいい」と気色悪く呟いた。
しばらく見下ろして、起きそうにないことを確認。やがてエルサは彼女を指して、スプートニクにこう言った。
「連れて帰ってくださらないかしら」
「ンなことしたら、後つけてたことに気付かれたってわかるだろう。朝まで寝かせてやってくれよ。どうせここの酔いどれどもにも、いつもそうしてやってるんだろ」
「生憎だけれど、うちはケートンさんのところほどアフターサービスに優れていなくて。閉店時間になっても居座るお客様は、問答無用で特別室にご案内させて頂いているの」
「特別室?」
「路上」
成る程。
「まぁ、クリューちゃんじゃさすがにそんなことしないけど、せっかくお父さんがいらっしゃるならそちらにお任せするのが筋かなと思って」
「誰が親父だ、誰が」
遺憾の意を表明するが、残念ながら民草の声は高貴なウェイトレス様には届かないらしい。
「スプートニクさんだって、いつまでもこのままじゃ駄目だってわかってらっしゃるんでしょ?」
上目遣いでこちらを見る瞳に、またその言葉に込められているのはきっと、眠ってしまった彼女の置き場の話ではない。
しかしどうにも答えにくく、頭を掻いた。言葉を濁して曖昧にする。
「そりゃそうかもしんねェけど……テメェ触んな」
と同時に、クリューの頬をつつこうとする変態の手を叩いて阻止。思った以上にいい音がして、彼は「痛ェ!」と悲鳴を上げた――が、彼の無事より、それによってクリューが目を覚ましてしまわないかの方が気になった。しかし無用な心配だったようで、彼女は穏やかな呼吸を繰り返すだけ。
そしてクリューの右手は、よほど気に入ったのだろうか、ぬいぐるみの右腕を固く握っていた。
「ところでこのぬいぐるみ、なんなんだ」
「我が家の双子が作ったのよ、最近手芸がマイブームらしくて。それ、『ここ数回で最高のふかふか』って言ってたわ。良かったら、クリューちゃんに差し上げて下さる?」
「いいのか、『最高の品』をそんな簡単に人にくれちまって」
「昨日、また新しく作ったのを抱え上げて『ここ数回で最高と言われた前回のふかふかを凌ぐふかふか』とか言ってたから大丈夫でしょ」
「よくわかんねェなその基準」
とはいえ彼らの本業は手芸職人ではないから、本人たちが楽しければいいのだろうが。我が宝とばかりに熊のぬいぐるみを掲げる、姿かたちの似た二人組を想像する。いたく滑稽だ。
「まァいいや、とにかく――」
「ちょっと待って」
と。
二人の会話に割って入った声は、ソアランのものだ。幾許か眉を寄せ、何やら、深刻そうな表情をしていた。エルサの方に一歩寄り、「ちょっと、聞いてもいいかな」と、言う。そんなに重大なことは、話していなかったと思うが――
「ええ。何かしら」
その思いはエルサも同様だったようで、不思議そうに首を傾げる。と同時、ソアランはカッと目を見開いた。
そして、浅く早く息を吸うと。
「ぬいぐるみ作りが得意な!」
「ええ」
「双子の!」
「ええ」
「妹さん!?」
「弟よ」
「じゃ俺もそろそろ帰ろうかな、明日も朝から会議だし」
興味は一瞬にしてなくなったようだった。
声のトーンを瞬時に落とし、荷物をまとめ始める。やがてソアランは上着と鞄を取り上げると、握った伝票と金を一緒にエルサに渡した。「余りはチップでいいよ」と言ったところを見ると、どうも副支部長とは儲かる職業らしい。見送りくらいはしてやるかと眺めていると、ソアランが不意に彼を呼んだ。
「そうだ、スプートニク。あの件はありがとう、助かった」
「あの件?」
思い当たらず、眉が寄る。
そんな彼にソアランは、人さし指を振りつつ説明をした。
「魔法少女への『監視』の目がなくなった。君が、君の『手駒』に何とか言ってくれたんだろう?」
「あァ……」
曖昧に答え、思い出すのは姉の顔。クルーロル宝石商会の管理に籍を置き、猫を被って優しく微笑む狼の姿。
あの狸女が魔法少女の監視をやめたのは、正確にはスプートニクのおかげではない。やめろと言って聞くような人間ではないし、あれに言うことを聞かせられるほど自分は優れていない。スプートニクの手紙報告を受けて勝手に調査を始めたのと同様、勝手に終えたのだ。きっと『問題なし』という結論に落ち着いたのだろう。けれどそんなことを、わざわざ話して聞かせる必要はなかった。
だから特別何かを伝えることはせず、ただ肩を竦める。それをソアランがどう取ったかなど知る由もないが、少なくともそのジェスチャーに彼は満足したようだった。
「確かに伝えたよ。じゃね」
白い箱を下げた手を軽く掲げて別れの挨拶とし、ソアランはスプートニクに背を向けた。上機嫌な酔っ払いの「リャン、もう帰るのか!」という声に、「また近いうち来るよ!」と返して店を出て行く。いつの間にやら常連客らと気の置けない仲になっていた彼は、一体どれだけの頻度でこの店を訪れているのだろう。
――何はともあれ、面倒なのは去って行った。さて、目下の問題は。
スプートニクは、傍らで穏やかに眠る顔を見る。
人さし指で頬を押してみると、柔らかく沈んだ。
■お知らせ
4/4(土)、特設サイトに『ナツ』のキャラクターデザインが追加されました。また、作者としてインタビューにも答えさせて頂きました。どうぞよろしくお願いします。
http://www.wtrpg9.com/novel/ponicanbooks/




