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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅴ 彼女の想い
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2-4




「ふぉぉぉふっかふかぁぁぁぁ」

 辛抱堪らないとばかりに奇声を上げてぬいぐるみに頬擦りを始めた時点で、スプートニクは彼女を気にかけるのをやめた。

 エルサがどこかから持ってきて彼女の隣に置いていったあのぬいぐるみが一体なんなのか、なんの意味があるのかは気になるところであるが、当座の問題ではない。ため息一つ、のち顔を上げる、と。

 目をキラキラ輝かせた変態がそこにいた。

「何あれかァーわァーいィーいー」

「その十代女子のような物言いをやめろ」

 ご丁寧に語尾まで上げて。

「だってだってだって可愛いよ!? なんなのあのふかふかがふかふか抱きしめてふかふかふかふかしてるのなんなの有り得ん超可愛い!!」

「お前がなんなんだ」

「あぁぁっていうか君あんな可愛いのと同じ屋根の下で暮らしてるとかなんなのときどき添い寝してるとかなんなのこのオッサンなんで罪に問われないのマジで法律って残酷すぎな」

「もう一つホールケーキ頼んでやろうか」

「黙ります」

 宣言通り、ぴたりと静かになった。

 ただ表情だけはその後も変わらずやかましくて、ケーキを掬い上げて口に入れてはこの世の至福とばかりに破顔する。

 ……しかし、

「ケーキにソルティ・ドッグは合うのか」

「?」

 彼が握っているグラスの中身は、スプートニクの見る前で次々変わっていって、今はグレープフルーツの色をしたそれになっていた。酒に強そうな外見はしていないが案外ザルらしい、と考えながら、素朴な疑問を投げかける。

 するとソアランは、ひとつ瞬きをした。のち、何か身振り手振りで伝えようとしてくるが、その動きも一つ一つが大袈裟で、余計にうるさく思える。根負けしたのはスプートニクの方だった。

「喋っていい」

「あ、どうも。――『そうかな。俺は好きだけどね』」

 言いながら彼は縁の塩を少し、中に落とした。

「『第一それを言うなら君、ビールはメロンパンに合うのかい』――ここまで言った」

「人の好みをとやかく言うのは恥知らずだって教わらなかったか」

「わぁすごいブーメラン」

 わかっていて口にした言葉だったが、それほど彼は気にしなかったようだ。ケタケタと笑いながらそう応え、また一口酒を呷った。

「はー、酒が旨い。やなことがあった日は酒と甘いものに限るよ。酒だ酒、酒持って来い、っとね」

「何かあったのか」

 スプートニクは表情が曇るのを自覚する。彼の『仕事上のトラブル』は、時に自分の、自分たちの安寧を脅かすことに繋がると知っていたからだ。

 声を低め、尋ねる。――けれど今回に関しては、

「ババァにモーションかけられた」

「ご愁傷さん」

 大した理由ではなかった。

 こちらとしてはその時点で興味は失せていたのだが、彼の方は相当ストレスが溜まっていたらしく、机に伏せたままうだうだと話しはじめる。

「わかってんだよどうせ俺の立場と魔力とが目的なんだろう? そこらの男魔法使いより魔力に優れて将来のあてがあるから飼っておこうって腹なんだろうわかってんだ、化粧ケバいんだよババァ毒々しいマニキュア塗った指で人の服に触れんなババァ服が腐る」

 伏せているせいで聞き取りにくいが、おおむねその女魔法使いに対する文句であった。泣いてこそいないようだが、えうー、えうーと悲しげに呻く。副支部長とはいろいろ難儀なものらしい。

 いっそ自身の稀有な性癖のあれこれ――魔法少女――を協会でもばらしてしまえば寄ってくる女もいなくなるだろうが、まさかそうもいくまい。などと考えていて、不意に、とある一人の女性のことを思い出した。

「イラージャは元気か」

「ん?」

 その名を聞いてソアランは、ようやく顔を上げた。

 イラージャ。スプートニクも以前会ったことのあるその人は、ソアランのことを上司として以上に慕う女魔法使い。とはいえ彼女の心の内を知らない彼は、その名が突然出てきたことをいささか不思議に思ったようだったが、酒の肴には悪くない話だと思ったのか、こくこく頷いた。

「元気だよ。今日も一生懸命書類整理してた……ん、そうだ。あの子、聞いたところによると君のお嬢さんと文通しているそうじゃないか」

「らしいな」

 便箋を並べて何か熱心に書いているところを、あれ以降よく見かけるようになった。何をそんなに話すことがあるのかと、やりとりしている手紙の内容について聞いてみたことはあるが、いくら聞いても「女の子同士の秘密です」とかぶりを振るので、何を喋っているのかは知らない。

 仕事のこと、『体質』のことはくれぐれも漏らすなと一応釘は刺してあるが、そこまで迂闊な従業員ではないだろう。

 ……そっと視線を向けてみれば、件の『お嬢さん』は、グラタンを掬ったスプーンをぬいぐるみに寄せ「はい、あーん」などと言っていた。

 にこにこと上機嫌そうな笑顔には、憂いなどないように見える、が。

「まァ、あれも機嫌が直ったようで何よりだ」

 スプートニクがぼやくように言ったのを、ソアランは耳聡く聞き止めた。

「何、喧嘩でもしてたの?」

「そういうわけじゃねェんだけど……なんか様子おかしかったんだよな、あいつ」

「吐き出す宝石の色とか?」

「あれにけったいな設定を押しつけようとするのはいい加減やめろ。うちの従業員はどこからどう見ても健康優良児だ。雇用主の義務として毎年健康診断も受けさせてる」

「ハイハイわかりました君の可愛いお姫様は宝石なんて吐きません。で、何がおかしいの」

 態度は腹立たしいが、逐一謝罪させるのも面倒だった。メロンパンをかじって苛立ちとともに飲み込み、話を続ける。

「まずあれ見ればわかるだろうが、俺の後をやたらとついてくる」

「可愛いものじゃないか」

「可愛いどころの話で済むか。最初はトイレにもついて来ようとしたんだぞ。買い物にも一緒に行くって聞かなくて、来たら来たで服の裾掴んで離しゃしない。夜だってあの調子で、自分では隠れてるつもりなんだろうが……おかげで女も買えやしない」

「『彼女の体質を調べられない』って素直に言えばいいのに」

 睨みつけると、ソアランは口を噤んで、やれやれとばかりに肩を竦めた。

「まァいいよ、それから?」

「……フィーネチカから帰って早々は、なんか知らんがずっと、虚ろな目でこんにゃくこんにゃく言ってたし」

「こんにゃく?」

 理解できないとばかりに眉を寄せる。

「だから昼に二十人前くらいこんにゃく料理のデリバリー頼んでみたんだが、食いたいわけじゃなかったみたいで、不思議そうに首傾げながら味噌田楽食ってた」

「君もなかなか極端なことするね」

 思い切りのいいところが自身の長所の一つだと、スプートニクは思っている。

「だけど田楽味噌は気に入ったみたいだぞ。そのあと二日くらい、茄子とか大根煮て味噌つけて食ってたからな」

「ああっそれもそれで可愛い」

「だけど、調子はずっとあのままだ。魔法使いに何をされたのか、聞いても答えないし」

 頬に手を当て愕然とした様子で言うソアランは無視。

 泡の消えてきたビールで唇を濡らし、舌に残る苦みに唸る。

「フィーネチカで何があったのか、何かを見たのか……」

「誰かに、会ったのか?」

 ――言葉の先を取られたことで、スプートニクは口を閉じた。

 一瞬のちに顔を上げると、ソアランは先ほどまでのとぼけたような仕草をやめ、奇妙な表情をしていた。笑おうとしているのだろうが、どこか困っているようにも見える。上手く笑えていない。

 その顔のまま、彼はこんなことを言った。

「魔女協会はね、彼女を助けた魔法使いを探してる」

「……何?」

 その言葉に退っ引きならないものを覚えて、スプートニクは眉を寄せた。

 が、彼はゆるゆるとかぶりを振る。「違う」と言って。

「君らがどう、彼女がどうというのでは、ない。犯人たちの証言の裏づけを取りたいという理由からだ。本当なら被害者の証言を取れれば一番いいのだろうがね」

 スプートニク側は、魔女協会からの捜査協力の要請を断るにふさわしい大義名分――かつて魔法少女を名乗る魔法使いに襲われ、また今回も『まったくの誤解から』魔法使いに従業員を襲われたということに対する、魔法使いへの『不信感』もしくは『憂慮の念』――を持ち合わせていた。二度とこのようなことは起こらないようにする、また聴取には絶対に間違いがないように行う、だから是非とも捜査に協力を、という申し出にスプートニクが頑として首を縦に振らなかったことは、まったく自然な様子に見えたはずだ。

「しかし善意の第三者である彼もしくは彼女が名乗り出てこない理由は、なんだろうね。面倒を嫌ったか、」

「その場にいることを知られたくない存在だったか」

 先ほど言葉尻を取られたことへの意趣返し、というわけではないが、結果的にそうなってしまったようにも思う。はっと、顔を上げた。

「例えば?」

「不倫旅行の真っ最中、とか」

「アハハハ」

 スプートニクのまったくの当てずっぽうに緊張が解けたか、ソアランはひとしきり声を上げて笑うと、腕を、足を組み直して、背もたれに体を預ける。

 そのまま大きく仰け反ると、天井に向けて長く息を吐いた。

「それ以上厄介なことに巻き込まれるのが嫌だったんだろう、という無難な方向に論を誘導してはいるが、実際のところは、さて」

 ケーキにフォークを突き立てる。切り分けられたのは一口で食べるには少々大きめだったけれど、彼はそれを無理やり頬張った。しばらく咀嚼しづらそうにしていたが、やがて酒で流し込む。

「彼女を助けたのは誰か。彼女はフィーネチカで、誰に会ったのか。――彼女は誰に、一体何を聞いたのか。俺はそれに、興味があるね」

 そしてソアランは少しばかり目を細め、スプートニクへ向け、意味有り気に笑ってみせた。

 口の端にクリームをつけた状態だったから、それほど格好はつかなかったけれど。





■お知らせ

 3/27(金)、特設サイトに『スプートニク』のキャラクターデザインが追加されました。どうぞよろしくお願いします。

 http://www.wtrpg9.com/novel/ponicanbooks/


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