6-2
――あんな女の話はともかく。
スプートニクは改めて、魔法使いたちの去っていった方を見た。
「あいつらは何だ。追わなくて良かったのか」
「本当なら追いたかったけどねェ」
尋ねるとソアランは、半笑いを浮かべているような、中途半端な物言いをした。
「君のプライド傷ついちゃうから言わない」
「…………」
「あ痛」
地面に寝転がったまま、背後を見ずに踵を放ったのだが、どうやら中ったらしい。
「酷いなァ、治してやってるのに」
「その言い方が腹立つんだよ。どうせ、怪我人の俺を放置していけなかったとか、そういうことのたまうつもりだろう」
「お、よくわかったね」
「よしわかった。喧嘩売ってんだな。有り金 叩いて買ってやる。覚悟しろ」
「言ったのは君だろうに」
ポケットから例の宝石を取り出して翳しながら言うと、彼はやはり困ったように答えた。
「あとはあれだね、いつかの借りを返そうかと」
「借り?」
「『僕』が君に怪我をさせたろう。あれの詫びだよ。あのときは事情が事情だから仕方なかったとしても、本来はあってはならないことだ」
「慰謝料なら貰ったぞ」
「俺の気が済まなかったんだよ」
変なところで潔癖な奴だ。と、思ったが――そうでもないか、と思い直す。手を汚すことでしか生き抜けなかった人間が、せめて出来る範囲だけでも善くありたいと思うのは珍しいことではない。勿論、開き直ってどっぷりと浸かってしまう輩もいるが。
それきりソアランは黙った。何を考えているのだろうと思いながら振り返ると、彼はスプートニクの手の宝石を嫌悪がちな目で見ている。
目が合うと、彼は気まずそうに眉を寄せた。
「あのさ」
「うん?」
「悪いけどそれ、しまってくれるかな。魔力がそっちに吸い取られて、治癒の効きが悪くなってる」
「あァ」
そういうことか。
しかし、はたしてどこにやれば影響を与えずに済むのだろう。悩んだ挙句、懐の財布を取り出して中に収めると、彼は「それでいいよ」と言った。
「あと……」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「いや……」
歯切れの悪い物言い。しかしそれは、答えたくないということではないようだ。そうだね、そうだねェ、と意味のない言葉をしばらく繰り返したあと。
彼は意を決したように、こう言った。
「あのさ、君。『ファンション』の名前に心当たり、ないかな」
ファンション。
一般的には女につける名前だが、スプートニクの知り合いにその名を持つ人はいなかった。知り合い未満の、『名を覚えるに値しない女』のうちにそんな名前の人間がいたか、まではわからないが。
「ファンション……うちの客には、いなかったと思うけど」
「君のボスの仲間にもいないかな」
「クルーロルさんの部下の名前まではわかんねェけど。そいつがどうかしたのか」
と、彼はくしゃり、と表情を歪めた。
喉の奥から絞り出すような声で言う。
「君の……君たちのやり方を見ていて、少し、あれを思い出したから」
「あれ?」
「俺の婚約者。今はもう、元、が付くけどね。……魔力と宝石の関係に関してよく研究していた。鉱石症についても、興味を持っていたようだったよ」
やや低い声音に彼がどのような気持ちを込めていたか、許嫁などいた経験のないスプートニクにはわからない、しかし。
――不意にいつかの、従業員の『渋い』顔を思い出す。
ユキの仲間。手先。或いは、密偵。
こんなけったいな宝石を作り出したあの女のことである、彼女に魔力絡みの知識があること、また魔法使いの手駒がいることは確実だ。となれば、彼の婚約者ファンションの知人、仲間、系譜を継ぐ人間が、ユキ、もしくはクルーロルの知り合いであったりするのだろうか。事故にて死んだ人間の系譜が、あれの、あれらの手の中に?
スプートニクがソアランの婚約者のことを聞いたとき、彼女は、特別調べていないというように言っていた。しかし。
魔法使いを嫌うあの女と、事故で死んだという魔法使い。――
「はい、完治」
ソアランに軽く背を叩かれて、我に返った。
気付くと、背中の重みある痛みは消えていた。眠気と疲労は抜けないが、元来のものを治すことは出来ないのかもしれない。
立ち上がって肩を伸ばし、また腕を伸ばす。服のあちこちについた埃は、叩いても白く残った。あちこちに皺も寄っているし、自宅に帰ったら洗濯だな、などと考えていると、
「ときに、君。君のところのお姫様は宿屋かい? 店が閉まっていたあたり、君の紹介訪問に同行させたんじゃないのかと思ったんだけど」
姫。その言葉が彼女に似合うとは到底思えないが、それに当てはまりそうな人物はただ一人しかいなかった。最後に見た姿――腑抜けた顔で寝扱ける姿を思い出しながら、答える。
「いや、商会だ」
「商会?」
「俺に朝食を持ってきたんだ。一人で街を歩かすのも危険だったから、一人で宿を出て来たことを叱って、そのまま商会で待機――」
「……いなかったよ?」
返された訝しげな答えが何を意味するのか、すぐにはわからなかった。
ただ、嫌な予感だけは満ち満ちて、表情を作る余裕もないまま彼を伺う。少女のかたちをした彼の大きな瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
「俺はこの街に来て最初に、君たちに会うために商会へ行った。だけど会えなかったから、探して歩いて、いた、んじゃ……」
「三人いた」
スプートニクの形相にただならぬものを感じたらしいソアランの言葉が、やがて細くなり、そして途切れる――その直前に被せるようにしてスプートニクが言えたのは、主語のないものだった。
口早に、続ける。
「魔法使いだ。昨晩、俺に話しかけてきた魔法使い。三人いた。あともう一人は、どこへ行った?」
先程の、二人の魔法使い。襲撃の理由を「警告か」と問うた彼に、彼女らは「違う」と答えた。では、正解は何だったのか。――『足止め』ではなかったか?
彼女らが行った方角を見る。そこには何の影もない。魔法使いも、また当然ながら、愛すべき従業員も。
何の感情が原因か、頭が熱を帯びる。ただでさえ鈍った頭が更に動きを遅らせる。こうしてはいられない。けれどどこにいるのか辺りをつけなければ、無駄に時間が過ぎるだけだ。……しかし心当たりなど。焦燥が積もる――
そのとき不意に、目の前に一粒、光が舞った。魔力の光。
気付くと、ソアランが自身の手のひらを眺めていた。正確には、そこから溢れ出る光を。
「上を行こう」
「上?」
「どこにいるにしても、その方が見つけやすい。……君が箒を使うのは難しいから、これで」
ソアランが大きく腕を振った。まるで泉のように彼の手から湧いてそこらを舞っていた光は、その動作に合わせて散り――ひときわ白く輝くと、スプートニクの革靴に纏わり付く。やがてそれらは、靴の表面に吸い込まれるように消えた。
一瞬だけ、踵が熱を帯びたように思えたが、それもすぐに収まる。
ソアランはその様子をにこりともせずに眺め、光が収まるとスプートニクへこう指示を出した。
「跳んでくれるかな。軽くでいい」
吸収されたそれがどのような効果を齎すのかわからぬままに、軽く地面を蹴る。――と。
「……これは、便利だな」
つい感嘆の声を上げたのは、まるで見えない階段を上がったように、彼の体が跳び上がったその一番高いところに留まっていたからだ。
更にそこからまた、今度は先程よりもう少し力を入れて跳んでみる。と、その力具合に合わせて、彼の靴は高さを増した。例えるなら、階段を一段飛ばしで上る感覚。それに合わせて彼の体は高く宙を上って行った。
やがて高さは、建物の屋根に至る。
「使い勝手はどうかな」
すぐ脇から声がした。向くとそこには、魔法使いらしく箒に跨った少女の姿。
「なかなか面白い道具だが、今はそれに関して論議している場合じゃねェ」
「確かにね。さて、我らが姫様は何処に――」
そのとき。
北の方角で、ぱん、と音を立てて光が弾ぜた。
それほど大きくはない、けれど直接見たら目を焼くだろう真っ白な光。膨らました紙風船を潰すような音とともに突如花開いた、晴れた空の下でもわかるほどに明るいそれは、色こそ違えど、先ほど魔法使いが放ったものと似ていた。
――何かを思うより早く自身の足が動いたのは、恐らく靴のせいではない。




