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決意しては来たものの、足取りは勿論、重かった。
当然だ。答えなど出せようにない問いの答えを、見つけに来たようなものなのだから。
商会の表玄関は既に閉まっていた。裏口に回るとそちらはなんとか明かりがついている。
羽虫のようにふらふらと寄って行くと、警備室から若い男が出てきて、怪訝そうな顔でこちらを見た。が、エントランスの騒動に立ち会っていたのか、スプートニクの顔を見ると、こちらが何を言うまでもなく合点がいったような表情を浮かべる。
念の為、身分を示す襟元のピンを指で示す。彼はやはり訳知り顔で「お疲れ様です」と言った。
「スプートニク宝石店のスプートニク様ですね。ユキさんからご伝言を預かっています。『第二応接室へ来て頂きたい』とのことです」
「わかった。ありがとう」
「場所はご存知で?」
「大丈夫」
ご存知も何も、夕頃に一度行ったばかりである。
裏口のノブを捻る警備員の背をぼんやり眺めていると、不意に彼が「おや」と言った。
なんだろうと思ったが、理由はすぐに知れる。警備員の手によって開けられたドアの向こう、内側から出てきた影があったのだ。
その影は――
「…………」
スプートニクは無言で、さり気なく視線を逸らした。
その影は、黒いローブを被っていた。
フードに隠れて、顔の上半分は見えない。肩幅と身長からして、恐らくは女だろうが。
追って二人、内から出てくる。同じような体型のが一人と、やや大柄なのが一人。後者が撫で肩の男かヒールを履いた女なのかは、やはりローブのせいで判断がつかない。だが風貌で、彼女らの正体は容易に想像がついた。
魔法使い。
関わり合いになりたいとは、到底思えなかった。道を譲ってやるふりで、じっと待つ。
しかし、何故だろう。――いつまで経っても彼女らがどこかに行く気配はない。
痺れを切らしたスプートニクが、目だけを動かしてそちらを見ると、彼女らは。
「……私に、何か」
彼女らは何故か、じっとスプートニクを見ていた。
いや、目はわからないから視線がどうあったかまではわからないが、三つの頭は真っ直ぐにスプートニクを向いていた。その場に留まったまま、ただ静かに。
「用件があるのであれば、手短に」
嫌悪を隠さずに問いかける。それに、動いたのは背の高い女だった。
少し腰を折って、目の前の女の頭に自身の頭を近づけると何事か口を動かして、恐らくは耳打ちをした。耳打ちをされた女は背の高い方を仰ぐと、何の意味があるのかかぶりを振る。
どんな話し合いが為されたのかはわからないが、どうやらそれで、三人の意見はまとまったようだ。何も言わず、やや俯きがちに、粛々と歩いてくる。彼女らはスプートニクの脇まで来ても足を止めず、会釈をすることもなくそのまま歩いて行った。
――その姿が、夜の中へ消えていくのを見送って。
スプートニクは内心でため息をついた。
まったく、本当に。
「わからない人たちですよねぇ」
警備の彼が、スプートニクの心中を代弁してくれた。見ると彼は、開いた戸を支えながら、苦笑している。
「こういう言い方は、商会と取引のある方への失礼に当たるかもしれませんが。やはり魔法使いとは、どのようなことを考えているのか、私にはわかりません」
「ま、彼らにも彼らなりの考え方というか、行動原理があるんだろうけどな」
当たり障りのない回答をすると、彼は苦笑して肩を竦めた。
「失礼を致しました」
「いいや。そう思う気持ちはわかる」
俯いて、少しだけ笑う。何と言ってもその考え故に、自分はあんな東の街に店を構えているのだから――
思った、そのとき。
「――誰だ?」
妙な視線を感じて顔を上げる。
向いたその一瞬、室内で何か、服の裾のようなものが翻って消えたように思えたのは、昂った神経の見せた錯覚だったろうか。
スプートニクの鋭い声に、追って警備もそちらを見るが、彼は違和感を覚えなかったようだった。首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「中から、誰かが見ていたような気がして」
こちらを見ていたような、気がしたのだが。
答えると、世間話で緩んでいた彼の表情が怪訝に歪んだ。
「この時間帯、他の出入口は施錠されていますから、職員がいたとしてもおかしくはないのですが……」
言いながら、中を覗く。
「ううん、誰もいないようですが」
俄かには信じられず、スプートニクも建物の中に。
しかしそこには、彼の言った通り誰の姿もなく、ただ廊下が続いているだけだった。床に置かれた泥落としの音が、静かな廊下に、ザリザリ、と響く。
「でしょう。失礼ですが、見間違いでは?」
「そうかな」
スプートニクは自身の感覚を信じている。だからこそにわかにはその警備の判断は信じがたかったが、確かに誰もいない。
おかしいな、と思いながらも納得することにしたのは、もしかしたらいたかもしれないその存在には、スプートニクに対する悪意、殺気はなかったようだったからだ。もし危害を加える意図があったとしたら、もっと早くに気付いていたはずだ。
「ま、聞かれて困る話してたわけでもねェしな」
害がないのであれば、いようがいまいがどちらでもいい。礼を言い、警備によって開けられた戸をくぐる。遅くまでお疲れ様です、との見送りの言葉が妙に皮肉めいて感じられた。
さて、裏口から応接まではどう行ったものか。思えば正面から応接室までの道は知っていたが、裏からあそこを目指すのは初めてのことだ――が、幸か不幸か、それほど悩む必要はなかった。
廊下の向こうから、ひょっこりと現れた人がいたからだ。
不審者ではない。魔法使いでもない。そのいずれでもなく、けれどスプートニクにとっては『会いたくない人』ではあった。
クルーロルをして、懐刀と呼ばれたその人。ユキである。
こんな夜更けにかり出され、さぞ腸が煮えくり返っているだろう、と思いきや。
彼女はスプートニクの姿を認めると、跳ねるような足取りでトコトコとやってくる。そしてにっこり微笑んで、頭を下げた。
「お待ち申し上げておりました、スプートニク様」
上げた顔もまた、曇りなく笑っていて――
しかし。
「夜分遅くに恐縮ですが、少々ツラ貸して頂ける?」
化けの皮剥がれかけてンぞ、と言いかけたのをスプートニクはぐっと堪えた。
10/19(日)に放送された小説家になろう公式生放送(http://live.nicovideo.jp/watch/lv194238267)のインフォメーションコーナーにて、『宝石吐きの女の子』(と作者なみあと)に関しご紹介を頂きました。
ありがとうございました!




