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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
ⅩⅣ 宝石に愛された少女の話
251/277

8-1




「――従業員の引き抜きなら、まず上の許可を取るのが筋だろうが。えェ?」

 研究所分室の敷地内に到着するが、詳細な場所までは指定できないから、何を置いてもまずクリューを捜せ。ただし魔法使いジャヴォットには見つからぬように――と。

 そう言われたから全力疾走は覚悟していたというのに、魔法の光が消えて目を開けると、視界の中にはいずれの姿もあった。まったくこれ以上ないほどの場所に到着したのだから、自分の幸運に感謝するべきか。それとも、不幸を呪うべきか。

 こちらを見上げる大きな目から、ぼろぼろ、ぼろぼろと大粒の涙が零れている。ひっ、と大きくしゃくり上げ、なんとか名を呼ぼうとするから、

「す、すぷ、スプートニク、さ――ぷえええええええ」

 あれやこれやと、思い通りにならなかったことへの怒りが吹き出して。

 ついそのぷにぷに柔らかい脳天気そうな頬を思い切り引っ張った。

「なんで屋敷で大人しくしてねェんだよ馬鹿。こっちの苦労も知っとけ馬鹿」

「だ、だって、だって……」

「お前」

 二人の会話を、遮って。

 苛立った様子で呼んだのは、一人の魔法使いだった。

 クリューの表情が強張る。この女に、相当怖い思いをさせられたのだろう。「ジャヴォットさんです」と、小声で教えてくれた。しかし――

 聞くまでもなくわかっている。

 魔法使い、ジャヴォット。

「折れた杖一本で、この私の獲物を横取りしに来るとは、どこの『(ほうき)』だい。所属と名を……いや」

 箒。男性魔法使いの蔑称だ。

「どこかで見たことがあると思ったが、お前、リアフィアット市の宝石商だね。杖とローブなんて格好をしているからわからなかった」

 スプートニクのことを知っていたのか。

 しかし考えてみれば、魔女協会は魔法使いソアランに対し、スプートニク宝石店に対する調査命令を下していた。また、魔法少女騒ぎの際にも、鉱石症疑いであるクリューの身辺は調査していたはずだし、その雇い主であり保護者であるスプートニクの顔を覚えていても不思議ではないだろう。

 しかし。たとえ知っていたとしても――

 それならそれで、やりようはある。

「へェ」

 笑ってみせた。

「そう。私が、例の宝石商に見えるのね? 魔法使いジャヴォット」

 杖を握る手で口もとを押さえた。

 しなを作る仕草が姿と不釣り合いに見えたか、ジャヴォットが眉を寄せる。

「お前、誰だい。……見た目そのものの中身じゃないね」

「嫌だ。しばらく会わない間に、相当あなた、耄碌したね」

 高慢に見える表情を作る。鼻で笑う。

 ジャヴォットが、警戒するように目を細める。

「それともやはり、たかが支部長クラスでは、私の魔法(ちから)には遠く及ばないのかな。――自分が殺した魔法使いのことも見破れないなんて」

「……まさか」

 声が震えている。

 先ほどクリューがスプートニクの名を呼んだのとは、また別の感情で。

「まさか」

 もはやジャヴォットが見ているものは、魔法使いの格好をした宝石商などではない。その向こうに、一人の魔法使いを作り出している。

「まさか、お前――!」

「さようなら」

 動揺するジャヴォットへ、にこりと笑い、折れた杖を向け――

 杖の先が、強く光った。




「ブラフだ馬ァ――鹿!」

「キュイ!」

 スプートニクはクリューを小脇に担ぐと、部屋の戸を蹴り開け全速力で駆け出した。

 部屋中を白く染めた閃光は勿論スプートニクではなく、使い魔シャルの放った魔法だ。もとはただの蜘蛛だというそれは、ユキの手によって一体どんな改造を施されたのか、ユキが近くにいない場合でも簡単な魔法ならば使えるという。曰く「瞳のラピスラズリに魔力を溜めてある」そうだが、使える力はユキ本人の力には遠く及ばないし、攻撃や防御には特化していない。

 支部長クラスの魔法使いを迎え撃つにはまったく足りず、魔力を吸う例の宝石も、ヴィーアルトン支部の襲撃時にすでに切らした。となれば逃げる以外の選択肢はない。

 ――しかし。

 足を止めることこそしなかったが、少なからずスプートニクは驚いた。飛び出した先に研究所は『なかった』からだ。

 いや、かつては確かにあったのだろう。

 廊下だったと思われる場所は、床も、天井も崩れ、残っているのは石造りの柱ばかり。最も形を保っている高い柱から憶測するに、三階ほどはあったらしい。今はどこもかしこも瓦礫があるだけで、見上げれば雲の立ち込める空がある。

 砂埃、蔓延(はびこ)る草や蔦、小動物や虫の死骸……かつては幾人もの魔法使いがこの施設で研究を行っていたのだろうが、見る影もない。もはや、廃墟だ。いつかの魔法少女の行いと、流れた年月がここの姿を変えさせた。

 しかしクリューたちのいた部屋は今でも人が住めそうなほど整っていたのに、どうして建物自体は――と思ってすぐに、自分の考えの間違いに気付く。きっとあの部屋だけは、ジャヴォットが魔法で直していたのだろう。クリューを懐柔するために、クリューの忘れた思い出すら、腹の底に眠ったままの懐かしさすら利用しようと……

 覚えた苛立ちを噛み殺し、瓦礫の山を越えて、森の中に飛び込んだ。

 知らぬ土地を、木々の陰に隠れるようにしながら走る。振り返っている余裕はない。

 スプートニクが演じた『ファンションのふり』でどれだけジャヴォットの動揺を誘えるか、不意を打てるかわからなかったが、多少は上手くいったようだ。さて、あとは閃光による目潰しがどれだけ効いたか――

「す、スプートニクさんっ?」

 あれこれ考えていると、名を呼ばれた。ジャヴォットの動揺を誘うためのはったりは、余計な方にまで効果を及ぼしていた。

「スプートニクさん? スプートニクさんですよね? スプートニクさ……だけどそれってぬいぐるみさん、ファンションさんの!?」

 担いだクリューが大変うるさい。

 逃げ出す瞬間、前後を逆に担いだせいで、スプートニクの視界ではクリューの腰から下しか窺うことができない。残念ながらクリューの顔はきちんと頭に付いているから表情がわからないが、たとえクリューがどんな顔をしていたところで、『追われている』という最悪な現状の改善要素にはならないだろう。舌打ち。

 あれこれ言いながらじたばた暴れているクリューを睨みつけた。

「俺は俺だ。運ばれてる身でぴいきゃあ騒ぐな。うるせェよ」

「あーその失礼な言い方! 絶対本物ですね! 絶対本物のスプートニクさんですね! ファンションさんの物真似なんかしたって、クーにはすぐわかるんですからね!!」

「俺の尻を叩くな!」

 もう物真似などとっくにやめているというのに。

 まったくうるさい荷物だが、ようやく取り戻したのだ。まさか置いていくわけにはいかない。さて、どう逃げたものか。スプートニクが眉を寄せたとき。

 ――荷物を

「ん?」

 その一瞬、何かがスプートニクの意識を引きつけて、足を止めた。

「スプートニクさん? ……どうしましたか?」

「いや……」

 不安そうなクリュー。だが、スプートニクにもわからない。今のは?

 夢を見たわけでも、気絶したわけでもない。ただ、既視感のような、白昼夢のような、音を伴う幻を見た気がした。秒に満たない幻の中、スプートニクは、どこかの屋外で誰かに声をかけられていた。道の先に現れる人影。笑っている。荷物がどうしたと言うのだ――

「スプートニクさん!」

 幻を裂いて、鋭い声が耳を貫く。

 確かな予感に肌が粟立ち、スプートニクは身を低くして前に跳んだ。と同時、

「――商人風情が、馬鹿にしやがって!」

「うおっ!?」

 怒声と共に、地面が大きく(たわ)んだ――ような気がした。

 白く光る雫が見えた。地震ではない、魔法だ。しかし直後右足に熱い激痛が走って、地面に変化があったわけでもないことを知った。続く一歩を踏んだ瞬間、

「ぎっ――」

 さらなる痛みに悲鳴を噛み殺す。攻撃魔法が、スプートニクの右足を打ったのだ。なんとか姿勢を立て直し、痛みを耐えながら駆ける。

 肩越しに振り返ると、木々の陰に黒い布が揺れているのが見えた。

「畜生、しつこい奴だな!」

 逃げ切れていないことに焦燥感を覚えながら、しかし今は走ることしかできない。

 しばらく走り続けて、視界が開けた。道だ。

 振り返る。魔法使いの姿はなくなっていたが、どうせすぐに追いついてくる。ここに留まり続ければいい結果にはならないはずだ。

 ただ、残念ながらこの道に馬車が走れるほどの広さはなく、舗装もない。人の気配もない。そもそもこの道は人通りが少なく、ここを通りかかる誰かを待って助けを請うのはまず難しいだろう。かといってここから一番近い街で助けが得られる保証はなく、警察局に頼ろうにもあの街の警察の風紀は大変悪い――

 そこまで考えて。

 はたと気付く。この道の人通りだとか、近くの街の治安が悪いだとか、自分はどうしてそんなことを知っている?

 疑問に思う自分とは別の誰かが、頭の中にいる。つらつらと、その誰かが情報を流し込んでくる。旅の宝石商、荷物、複数の人……男。笑っている。彼らが見ているのは自分と、自分が手に提げたもの――自分の荷物――

 ――荷物を置いていけ

 足を止めた。

 肌を触る青臭い風。嗅いだことのあるにおい。

「……そうか」

 既視感の正体に、気付いた。


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