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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
ⅩⅢ 交錯する街
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【宝石学校三日目】朝十時、ヴィーアルトン市にて(三)




「しかし、ユキさんのことと言われても。何から話したものか……我々の出会いあたりからかな。あれは小雨の降る日のことで――」

「いやそういうのではなく」

 ナツの手がすさまじい速度で横に振られた。

「なんかこう、出身とか、来歴とか……噂とか」

「ふむ」

 とはいえ、出身、来歴、そのあたりには、スプートニクが知っている以上のことはないだろう。「彼女のプロフィール的なことだな」と手帳をぺらぺらめくって、またラウが話し始めるのを意識の端で聞き流す。

「ユキさん――クルーロル宝石商会業務部第一業務課所属職員。現在の職場はフィーネチカ支部。クルーロル宝石商会に所属する宝石店の管理業務を行っている。クルーロル宝石商会会長であるクルーロル氏の養子で、出生地は不明。生みの両親とは死別、十七歳のときにクルーロル氏の養子になった。宝石商会内での彼女の評判は比較的良く、やや引っ込み思案のきらいはあるが、おおむね就業態度に問題はなし。会長の娘でありながら偉ぶらず謙虚で――」

「ん?」

 スプートニクが、つい声を上げたのは。

 宝石商会内で広まっているという、『引っ込み思案』『偉ぶらない』『謙虚』というユキの評価に物言いをつけたかったからではない。いや、通常ならそこに文句の一つも言っていただろうが、今はそれに対することではなかった――彼の言葉に、明らかな間違いがあったからだ。

「どうした、義弟よ」

「もう一度言ってくれ。ユキが、クルーロル氏の養子になったのは?」

「十七のときだ」

 即答するラウに、つい苦笑いが浮かんだ。

「どこで仕入れた情報だ? 間違ってるぞ、それ」

「何?」

「あいつがクルーロルさんの養子になったのは、十歳のときだ」

 ――また、会いましょう。

 スプートニクは彼と違い、その日のことを、自身の記憶として知っている。別れを告げられた日、いつかの再会を約束された日。まだお互いに幼かった日の話。

 また、クリューが旅立ち、一人きりになったスプートニク宝石店へユキが現れた、あの日。茶を飲みながら、ユキと身の上話をしたことを覚えている。生家を出たのは自身が十歳のとき――ユキも確かに、そう言っていた。

 しかしラウは、婚約者としての矜持か、スプートニクの物言いに納得しない。

「何を言う。この情報に間違いがあるものか。だって」

 怪訝そうな顔を崩さず、手帳の一部を指で叩きながら、自身の情報の証明となることを言う。

「これは、お義母(かあ)様から教えてもらったことだからな」

 お義母様――マリア。クルーロルの妻であり、ユキの養母。ユキを引き取った夫婦の、妻の方。

 それなら間違いであるわけがない、が。

「いや、それはおかしい。だって、確かにあいつは、俺が七歳のとき、俺に本一冊を託して、『遠縁の親戚』に引き取られていった。再会したのはクルーロル宝石商会で、あいつは確かに管理担当としての業務を担当して――」

「生みの親から彼女を引き取ったのは、本当にクルーロルさんだったの?」

 ――瞬間、息が止まった。

 尋ねたのはナツだった。第三者としての視線ゆえか、彼女はユキのスプートニク婚約者ラウ、いずれの事象も含む可能性を提示する。

「生みの親のもとから離れた十歳のときから、十七歳でクルーロル氏の養子となるまでの、七年間。彼女が、クルーロル氏以外の誰かの庇護下にいた可能性は?」

「そんなわけがあるか! だって彼女が俺に託した本は『はじめてのほうせき』だった。それは――」

 しかし、はたと思い当たる。ユキがスプートニクに託したそれは、本当に『クルーロル宝石商会』のことを指していたのだろうか?

 スプートニクが口を噤んだのを、自分に反論の機会が与えられたと解釈したようだ。自信満々にラウが語り出す。

「この私がユキさんのことで間違うことがあるものか。氏がユキさんを養子としたのはユキさんが十七のとき。遠縁の娘であったとされるが、それまでの在住地や、本当の両親などの素性は非公開にされている。氏の養子となるということはつまり氏の後継となる可能性があったから、一部では彼女の素性をすべて明らかにすべきという声もあったが、二人が『ユキさんを後継者に据える確率は低い』という情報を流したことから、有耶無耶(うやむや)になった――」

「ねえスプートニク、やっぱりおかしいわよ」

 身を乗り出すようにしてナツが言う。スプートニクを追い立てるような口調で。

「だって、クルーロル宝石商会の会長の娘になるのなら、そう言い残して去ればいいだけじゃない。そうじゃなかったんじゃないの? 彼女には、自身の行き先を言えない理由があったんじゃないの? あなたに渡したその本は……『自分は宝石商ないしその関係者のもとにいる』と伝えるためのものとするには、あまりにも安直すぎるメッセージではない?」

 フィーネチカ市での詐欺師騒ぎを思い出す。

 あのとき、クルーロル宝石商会フィーネチカ支部の書庫で、スプートニクはユキに、『『はじめてのほうせき』を託したのは、彼女の引き取られていく家の主のこと――クルーロルのことを示していたのではないか』ということを、尋ねた。

 ――違う。偶然。

 結果、ユキは機嫌を損ねた。

 あれは、答えを正しく見出さなかった弟への失望だったのではないか?

 知らずのうちに、立ち上がっていた。気持ち悪いほどの昂ぶりと、眩暈(めまい)を覚えるほどの寒気の中で、思うことがある。何が合っていて何が間違っているのかわからない。だからこそ。

 確かめなくてはならないことがある。

「ナツ。俺はクルーロル宝石商会へ行く。行って、クルーロルさんへの面会と、職員情報の開示を請求する。お前は――」

 皆まで言わずとも、彼女は頷いた。

「警察局に行って、クルーロル宝石商会絡みの事件記録を洗ってくるわ」

「フィーネチカ市民の情報も頼んだ。ユキの住所は今、フィーネチカにある」

「了解」

 たかが一宝石商が宝石商会の職員情報を閲覧できるものなのか、そもそもクルーロル宝石商会におけるスプートニク宝石店の扱いは現在どうなっているのか。昨日喧嘩をしたばかりのクルーロルが、どれだけこちらの話を聞いてくれるのか。わからないけれど、思いつく限りの手を尽くすしかなかった。知らなければならないことがある!

 ぽかんと二人を見るラウのことは放置。部屋の荷物は後で引き取りに来ればいい。大股で歩き、宿を飛び出し――

 そのとき。

 不意に。

「……十七?」

 外の空気を浴びたせいか。

 脳裏に閃くものがあった。

「どうしたの?」

 スプートニクの呟きを聞き留めてか、それとも足を止めたことを気にしてか、背後のナツが尋ねてきた。しかしスプートニクには、それに答える余裕がない。

 先ほど聞いた言葉。「氏がユキさんを養子としたのはユキさんが十七のとき」。

 十七という数字。

 その数字を、最近、別のどこかで聞いた。

「どこで……」

 聞いたのだろう。

 瞬時には思い出せない。しかし、とても重要なことだと頭の中で誰かが(わめ)く。忘れてはいない。思い出さなくてはならない。

 記憶の糸を手繰(たぐ)り寄せる。どこか、遠くない日。慣れた場所で、その数字を、誰かの口から聞いていた。思い出せ――思い出せ! 呼吸を止める。奥歯を噛み締める。眉を寄せる。目に力を入れる。髪を握る――

 ――聴こえる。



 彼女が十七のときでございました。



「――あ」

 なんというタイミングか。

 首を上げた瞬間、人混みに知った顔を見つけた。――ユキ。

 彼女は誰かと、一緒にいた。

 誰か。いや、知らぬ人間ではない。ユキと向き合う男にも、そしてそのさらに隣にいた女にも、スプートニクは見覚えがあった。彼らの名も、知っていた。

 そのとき、ユキが彼らと共にいたことには、さほど驚かなかった。何せ、ユキのことだ。そういうつてがあったとしても、おかしくはないと思っていた。

 だが。

 ――彼がユキを呼んだ。

 それがすべての答えとなった。

「お前は、誰だ」

 空白の七年。その七年間、ユキは一体『誰』だったのか?

 つい漏れた呟きが、彼らのもとに届いたのか。あるいは、向こうもこちらの姿に気づいたのか。彼――魔法使いソアランと、スプートニクの目が合った。

「ファンション、もしかして」

 彼が、ユキに向けてそう言った。

 スプートニクに気付いたユキが、こちらを向いた。

「うん」

 頷いたユキの顔は、

「ようやく、役者が揃ったみたいだね」

 笑っている。



「語りましょう。宝石に愛された少女の話を」



 ユキの首で、シトリンのネックレスがきらりと光った。






補足


ようやく「【宝石学校三日目】朝十時、ヴィーアルトン市にて(二)」と繋がりました。

https://ncode.syosetu.com/n4843br/218/


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