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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
15/277

3-2




 午前の便は先ほど終わってしまった、午後の便で送るなら到着は明日以降になる。そう語る局員にとにかくなんとかならないかと交渉した結果、相場の云倍の価格で、スプートニクのためだけの特別便を手配してくれることになった。

 懐には痛かったが、他に手がないのだから仕方がなかった。魔法使いに関し多少の知識はあるけれども、真正面から戦ったことなど皆無に等しい。対処法など欠片も知らず、付け焼刃で勝てるとも到底思えず――結局、藁にでも縋る思いで助言を請うしかないわけである。そのため、一刻も早い配達が必要であった。

「さて、どうしたものかな」

 郵便局から戻り、再び加工室に籠る。背もたれのない椅子に座り、スプートニクは一人呟いた。

 当たり前だが、独りちても状況は改善しない。とはいえ魔法少女が盗みに来ると予告したのは明後日である。あれが予告に正確なのかどうかは知らないから完全に安心はできないが、他に頼れる情報などないのだから、こちらとしてはその宣言を信じるよりほかはなかった。そしてそうであるならば、救難信号も送ってしまった現在、スプートニクに出来ることはこれといってない。せいぜい郵便が一刻も早く先方に到着するよう祈るか、護身用の得物を研いでおく程度だが、生憎とスプートニクは、いるかいないか定かでない神とやらを信じて布施を包んだことはなかったし、道具の状態は常に万全にするよう心掛けていた。

 となれば残る『今できること』は、これを片付けるくらいか。彼は、机の上に散らばった便箋を一枚抓んだ。送った手紙の下書きと書き損じである。取り上げたそれを、ぐしゃりと音を立てて丸めた、そのとき。

 不意に視線を感じて、窓の外を向く。

 すると、店の敷地より更に向こう、通りに見知った人間が立っていた。目が合ったところで驚きもせず、曖昧な表情でこちらを見ている。

「よォ。パトロールご苦労様だな、警部殿。今日もリアフィアット市は平和そのものか?」

 それが嫌味であることは優に知れただろう。案の定、ナツは眉を寄せて不快そうにした。彼女が何かを言うより早く、スプートニクは顎で店の入り口扉の方を指す。

「用があるなら正面から入ってこい。覗きみたいな真似してんじゃねェよ」

 椅子から立ち上がり、窓辺に向けて歩いていく。言葉を受けた彼女は、開きかけた口をまた閉じた。目を逸らし、何かを躊躇うようでもある。桟に手をつき「何とか喋れよ」と声を掛けるが答えはなかなか返らず、それからもう暫く黙った後、ナツは彼にこう尋ねた。

「――本当にいいの」

「何がだ」

「警察局に通報しないで」

 何のことを、を示す部分のない問いかけ。けれど戸惑いはしなかった。何を指し示すのかなど、わかりきっていることだ。

 先ほどの魔法少女の来襲。居合わせたナツへ、スプートニクは「警察局には魔法少女のことは絶対に言うな」と口を噤ませた。そのことに対し言っているのだろう。そして今さら念を押してきたということは、どうやら彼女は約束を守ってくれたらしい。

「魔法使いだ怪盗だなんて言ったって、蓋を開ければ所詮は泥棒よ。窃盗予告なんだから、警察局が出張ったって、魔女協会から文句を言われる筋合いはないはずだわ。そもそも、あなたが警察局を嫌っているのはわかるけど、あなた、勝てるの? ――次は、殺されるかもしれないわよ」

 声を潜めて、最後の言葉を吐いた。人に聞かせるにはあまりにも物騒な言葉だと判断したのだろう。

「お前が俺の心配をするなんてな。明日は槍でも降るか」

 その台詞が朝の仕返しであるということは伝わったようだ。眉間に皺を寄せる。

「あなたを心配しているわけじゃないわよ。でも、あなたがどうにかなっちゃったら、クリューちゃんが責任を感じるでしょう。……それとも何、勝つ秘策でもあるの?」

「ねェよ、ンなもん」

 左手を桟から離し、ぱっと開いて見せた。中には何も握っていない。

「だからってお前らに依頼したら、俺の好き勝手出来ねェだろうが」

 対魔法使いの必殺技など、あったら最初から使っている。勝算なんてないに等しい。しかし、あのふざけた子供を許す気もまた、さらさらないのである。

 人を呪わば穴二つ、と言うが、二つ程度で気が済むほどスプートニクは温厚でなかった。喧嘩を売ったことを後悔させ、二度と喧嘩する気を起こさせない。それが子供に対する教育だ。

 吐き捨てるとナツは、頭に手を当てて目を閉じた。

「呆れた。好きになさい。……でも、何か私に出来ることあったら、絶対に呼んでよね。あなたが心配とかそういうことじゃないわよ、私だってやられっ放しは腹立つんだから」

「わかったわかった」

 と、スプートニクが答えたと同時に。

 彼の背後で、扉の開く音がした。

「あら」

「うん?」

 振り返る。そっと扉を開け、店内から何やら緊張した面持ちでこちらを伺っているのは他でもない、従業員クリューだった。

 スプートニクが席にいないことに一瞬驚いたようだったが、

「どうした?」

 窓辺のスプートニクと、その向こうにいる顔見知りの存在に気付くと、彼女は安堵したように呟いた。

「……あ。ナツさんでしたか」

「なんだ。妙な客でも来たか」

「いえ……加工室から話し声が聞こえたので。誰かいるのかな、と思って……あの、ちょうどお客さん途切れたので、ちょっと、様子を」

 誰か。ぼかした答えだが、戸を開けたときの強張った表情から見るに、それが何を示しているのかは明らかだ。ちなみに、気づかないふりをしていたが、彼女はスプートニクが手紙をしたためている間も、ペンを落としたり何らかの物音を立てるたびに、扉を開けてこちらを確認していた。何か異常が起きたのではないかと不安になるようだ。

 覗き見をしていたことに気付かれ罰が悪いのか、彼女は胸の前で両手を組んで、所在なさげにあたりを見回している。その落ち着きのない姿に、なんとなくからかってやりたくなった。

 スプートニクはクリューに歩み寄ると、前触れなくぎゅうと抱きしめた。はわ、と声を上げる彼女の栗色を右手でぐりぐりかき回してやる。

「おォ、よしよし。怖がらせたな、大丈夫だ」

「ちょっ、や、やめてください」

 拘束を解こうと暴れている、というよりは突然のことに混乱していると言った方が正しいか。が、正直なところこれの反応はどうでもいい。窓の外からこちらを見ている彼女に、わざとらしく睨んで見せる。

「ほらお前、邪魔だからさっさとどっかに行け。いつまでも覗いてんじゃねェよ、馬に蹴られて死にたいか」

「まったく」

 クリューの方は顔を真っ赤にしているが、流石にナツの方は本気と受け取らなかった。「忘れないでよね」と念を押す様に告げると、ひらひら手を振って別れの挨拶に代え、歩いていった。

「やっと行ったか」

 窓辺から彼女の姿が見えなくなって、スプートニクはようやくクリューを離す。我に返ったクリューは、乱れた髪を両手で撫でつけながら彼に尋ねた。

「スプートニクさん、ひどいです。なんなんですか、突然、だ、抱き着いたりして」

「あァ、悪かった悪かった。ナツがしつこそうだったからな、さっさと切り上げたかった」

「ナツさんが? 何のお話だったんですか」

「大したことじゃねェよ。いざとなったら自分も助力するからってさ」

 答えながら、窓を閉めようと右手を持ち上げる。

 と、不意に右肩に痛みが走って、つい顔を顰めた。作業をしているとどうも忘れかけてしまうが、あのふざけた子供につけられた傷跡は確かにそこにあるのだ。処置の際に投与された麻酔が切れてきたのか、段々と痛みが強くなってきたように思える。上げかけた手を戻して、左手で窓を閉めた。

「鎮痛剤があったかな」

 呟き、救急箱はどこにあったかとあたりを見回す――と、クリューと目が合った。

「どうしたよ」

 思わず吹き出したのは、クリューがまるでこの世の終わりを宣告されたかのような顔をしていたからだ。

 スプートニクが尋ねると、彼女は彼の名を呼び、頼りなく目元を歪める。言葉はなくとも、彼女の腹の内はそれだけで雄弁に伝わった。

「そんな顔するな。大丈夫だから」

 彼女の頭に左手を置き、荒く掻きまわしながら告げる。けれど慰めが効いた様子はなく、青褪めた顔色はそのままで。

 そしてそれに答えたクリューの声は、ひどく引きれた声であった。

「私に何かできることあったら、言ってください。私、なんでもしますから」

 なんでも、ねェ。今にも泣き出しそうに震えた、必死そうな彼女の言葉に、思わず苦笑がこみ上げてくる。この少女に大したことができるとは、到底思えなかったからだ。

 それでもクリューはクリューなりに上司を守ろうと一生懸命なのだろう。わかったわかった、とやはり適当に答えを返す――と、彼女は何かを思いついたようで、はっと顔を上げた。

 まだ笑顔を浮かべるまでには回復しないものの、まるで自身の思いついたそれがこの上ない名案であるとばかりにきらきら目を輝かせている。しかしこの少女が考えることは、ときに当たることも確かにあるが、その他の数多くが碌でもないことである。心のうちの半分以上を、忌避したいという欲求で占めながらも、なんとか抑制。彼女の言葉をじっと待つ。

 そして、やがて彼女が彼に伝えたのは、やはり碌でもない思い付きであった。

「あの。……今晩、泊めてくれませんか」

 と。

 その申し出には、流石のスプートニクも、思わずあきれた。

「何を言ってるんだ、仮にも年頃の娘が。良くないだろう、いろいろと」

「だって!」

 彼女は勢いよく反論しようとし――しかし、それに続く言葉は出てこなかった。開いた口はそのままに、瞳に何かの思いがいくつか浮かんで見える。が、どれも言葉にするのははばかられたようで何を言うこともない。

 やがて、俯く。眉間に皺が寄り、表情は今にも泣き出しそうに歪んでいる。何も言えない彼女は結局、低い声で、同じ言葉を繰り返した。

「……だって」

 彼女の考えていることはよくわかった。現在のスプートニクは日常生活でもそうやって足を引き摺る状態である、寝込みでも襲われたらどうなるかわからない。せめて何らかの補助をしたいと思っているのだろう。しかし「負傷しているのだから無理をするな」と、それを言うことが彼の矜持に触れることもまた、クリューは気づいていたのだ。まったく、いじらしい少女である。

 何も言えず、頬を膨らませただ俯くだけのクリューに、スプートニクは内心でため息を吐いた。どうもクリューはスプートニクのことを『人の話を聞かない強情』と思っている節があるようだが、それは違うとスプートニクは思っている。クリューの方も大概で、特にこうなった彼女はどんな宥めすかしも聞かない。

「俺の部屋なんて来たところで何も面白かないぞ。まったく片づいてないし、そこらに本だの服だの放りっぱなしだ。寝床だって一人分しかない」

「私なら大丈夫です。床で寝ます。昔はよく床で寝てました」

「笑えない自虐はよせ。……わかったよ、泊めてやる」

 根負けして、スプートニクは首を縦に振った。

 拒絶するのは簡単である。彼女が渋ったとしても、絶対に入ってくるなと部屋に鍵をかけてしまえばいい。けれど、もし部屋のすぐ外に座り込んで見張りでも始めたとしたら、何事もなく朝を迎えたところで、寝覚めは非常に悪いものとなるだろう。ならば手狭であっても、迎え入れてしまった方がよく眠れる。このちんちくりん相手なら、どう間違ったところで劣情を催すことはまずなかろうし。

 彼の答えを聞いたクリューがぱっと笑顔になる。それを見て大儀な感情がますます胸を占めるが、こうなったら開き直りである。今日の自分はあちこち自由にならない身でいるのだ、押しかけられた代償として、多少使ってやったところで罰は当たらないだろう。そう思い、スプートニクはひとつの条件を提示した。

「その代わり、夕飯作ってくれ。冷蔵庫の中身、幾らでも使っていいから」

 けれどそれすらも彼女にとっては喜ばしいことのひとつであったようだ。

 クリューは胸の前で手を打ち合わせると、まるで花の綻んだようなその顔を、更に更に輝かせた。

「任せて下さい」





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