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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
12/277

2-2




 紅茶を三つ淹れて戻ると、スプートニクと魔法使い二人は、店の端の応接のソファで向かい合うように座っていた。

 三人に茶を差し出すと、クリューはスプートニクの座ったソファの隣に立つ。

 スプートニクはそれを見て、軽く右手を振った。

「クー、お前は開店準備をしておけ」

 厄介払いをしたがっているように感じたが、恐らくそう違ってはいないはずだ。頬が膨れそうになるのを我慢して、クリューはかぶりを振った。

「私もお話、聞きたいです」

「駄目だ。お前はあっちに行ってろ」

「もう片づけはできてます。あとは『開店中』の札を出すだけです。やることありません」

「そういう問題じゃなくてだな――」

「当方は、構いませんよ」

 スプートニクを遮り、そう言ったのは、ソアランだった。二人揃ってソアランを見る。彼は微笑みを崩していなかった。

「クリューさんもこちらの店員なのでしょう、聞く権利があります」

 スプートニクがうんざりした様子でこちらを見るが、クリューは毅然と言い返す。

「私だって気になります。それに、スプートニクさんお一人でお話させたら、また追い返そうとしないとも限りません。店主がお客様を追い帰したなんて噂を立てられたら、お店の信用問題にもなります」

「いえ、そんなことは致しませんよ、お嬢さん。品の一つも選んでいないというのに、そういうときだけ利用者面なんて失礼なことは」

 笑うソアラン。対照的にスプートニクは、不快そうに眉を顰めた。けれど文句を言うことはなく、俯き小さくかぶりを振ると、もう一度彼女を見上げる。

「……なら、座れ。横に立たれている方が、気が散る」

「はい」

 クリューは勝利したような気分になって、意気揚々と隣に座った。自分の分の茶は作っていないが、同席できるというだけで十分だ。

 ソアランは茶を一口啜ると、机の上のソーサーにカップを戻した。そうやって唇を湿らせ、「それでは」と話し始める。

「魔法少女ナギたんのことですが」

「どうでもいいけど、あんた」

 しかしそれを遮り、スプートニクは言った。

「よく真顔で言えるなその名前」

「魔法少女ナギたんですが、あれはどうやら、はぐれの魔法使いのようなのです」

 ただ茶々を入れたかっただけだということに気付いたようで、彼はそのまま言葉を続ける。話の腰を折られたところで、彼の微笑は崩れなかった。クリューはソアランのその表情が良くできた作り物であるような、妙な感覚を覚える。

 彼の言葉を聞いたスプートニクは、怪訝そうに呟いた。

「はぐれ?」

「ええ。あなたがたの宝石商会と違い、大陸すべての魔法使いは『始祖様のために』――いえ、細かい説明はこの場では控えましょう。すべての魔法使いは、魔女協会に所属することを義務としています。その『魔法少女ナギたん』は、協会に登録されていない、謎の魔法使いなのです」

「成程。それが盗みを働いているとなれば、協会としては放置してはおけないということか」

 言うと、ソアランの微笑が崩れた。代わりに作られた苦い笑みは、少し血の通った表情だった。

「えぇ、まぁ、そういうことです」

 しかしその同意はどうにも曖昧で、奥歯に物が挟まったようである。そのはっきりしない表現を、機嫌の良くないスプートニクが許すはずがなかった。彼はただ鋭く睨みつけることで意思を伝える。言葉より雄弁に不快を語る視線へ、ソアランは軽く肩を竦めると、「大したことではないのですが」と言った。

「隠しても、仕方がないでしょうね。私は幹部ではないので正確なところは言えませんが、恐らく、協会としてはあなたに、いえ、『スプートニク宝石店』に恩を売りたいという思惑も、あるにはあるかと思います」

「うちに?」

 スプートニクの眉が寄った。

 クリューも同じ気持ちである。ますます訳が分からない。魔法使いの協会とうちの店に何の関係があるというのか。

 店主の尋ねた言葉。それに魔法使いはにっこりと――あの作り物めいた――微笑を浮かべた。

 そしてこう、答えたのである。

「リアフィアット市に、魔女協会支部を作る計画が持ち上がっています」

 その瞬間。

 スプートニクの組んだ腕に力が入ったのを、クリューは見逃さなかった。右の二の腕に左手の爪が立ち、体がほんの少しだけ前のめりになる。けれどソアランは動じない。スプートニクの変化に気づいているのかいないのか、ただ淡々と、魔女教会とやらの、未来に出来るであろう支部の計画について語る。

「支部長には、私が就任することになるでしょう。ですから――」

「帰れ」

 スプートニクは吐き捨てるように言った。

 クリューが彼の表情を確かめる間もなく、彼は席を立つと客人たちに背を向けて歩いて行ってしまう。カウンターにたどり着き、もう冷え切ってしまっただろうコーヒーカップを持ち上げると、こちらを見ないまま、クリューに言った。

「クー。もういい時間だ。店を開けるぞ」

「あ、ええと、はい!」

 時計を見る。開店にはまだ余裕があったが、有無を言わさぬ物言いだった。質問を許さぬとばかりの低い声に、クリューは慌てて立ち上がり、盆を持って奥に引っ込む――ふりをして、少しだけドアを開けたままにする。そしてその隙間から店内を伺った。

 背を向けたまま、スプートニクは彼らに告げる。

「うちは魔女協会に協力しない。支部ができたところでその意は変わらない。帰ってくれ」

 感情を押し殺したような声だった。まさしくそうであったのだろうが。

 スプートニクがこれ以上ないほど苛立っているということは明らかであるのに、その苛立ちの根源であるはずのソアランは表情も声も変化しない。掴みどころのない笑顔のまま、首を傾げる。

「では、魔法少女の件は?」

「それも破談だ。こちらで勝手に対処する」

 問いかけに、彼があっさりと言ってのけた、直後。

「――それは、困ります!」

 抗議の声を上げたのは、それまで一言も喋らなかったソアランの連れの女性だった。我慢がならなくなったのかソファから立ち上がり、澄んだエメラルドのような瞳にありありと焦燥を浮かべながら、スプートニクの背を睨んでいる。

 その視線を受けてか、スプートニクはゆっくりと彼らを振り返った。その表情が、ドア越しに伺うクリューの目にも入る。どんな恐ろしい顔をしているだろうと一瞬身構えたが、なんということはない、彼はただ大儀であるとばかりに眉を顰めているだけだった。自己抑制の賜物か、それとも本当に怒りを忘れたのか、クリューにはわからないが。スプートニクは腕組みをして壁に寄りかかり、顎をやや上げた姿勢のままで尋ねた。

「アンタは?」

「イラージャです。私の部下で、協会では、魔法少女ナギたん捕縛の任を担当しております」

 答えは女性ではなく、ソアランが返した。

「成程」

 ゆっくりと頷く――が、それは許容を示したわけではなかったらしい。続く言葉の鋭さが落ちることはなかった。

「アンタの事情なんか俺には関係ねェ。ここの店主は俺だ、裁量の権限はすべて俺にある。その俺が帰れ、と言っているんだよ。意味がわかるな」

「……っ」

 スプートニクの様子に気圧されたようで、イラージャが少し身を引いた。なれど負けてたまるかと、再び一歩踏み出そうとする。

 しかしその肩を掴んで止める手があった。

「帰ろう、イラージャ」

「ソアラン様……! ですが!」

「彼を説得するのは無理だよ。帰ろう。俺たちは今回の件に一切関与しない。君もだ」

 穏やかな口調、しかしその中には強制の意がありありと感じられる。

 そして部下である彼女がそれを拒絶することなどできはしない。返そうとするが言える言葉など一つとしてなく、結局彼女にできたのは、項垂れて「はい」と小声で了承を答えることだけだった。

「店主様、お騒がせを致しました。今回の件に関し、我々の助けは不要であるとのことですので、我々はその旨を協会に報告させて頂きます」

「あァ。そうしてくれ」

「お嬢さんにも、開店前から騒がせて申し訳なかったとお伝えください」

 吐き捨てるような彼の言葉に、しかしソアランは動じない。

 丁寧に深く腰を折り、そしてゆっくり頭を上げ。スプートニクの視線を真っ向から受け止めると、ここへ訪れたときと何ひとつ変わることない微笑を浮かべて見せ、静かに一言、こう告げた。

「どうぞご自身のご判断に、後悔されることのなきよう」




続く




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