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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅵ 彼の想い
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3-3




 スプートニクは腕を組み、壁に寄りかかりながら、作業をする三人を見ていた。

 応接机の上には二つの来客用カップと、スプートニクとクリューの私物のカップが置いてある。他、クッキーを積んだ皿も置いてはあるけれど、スプートニク以外は誰も手をつけようとしない。

 それから。机の真ん中にちょこんと置いた小さな花と、その横に置いた細長い長方形は、スプートニクがかぎ針で作った『見本』だ。いずれも、説明書きに載っている作成図に沿って作ったもの。かぎ針の使い方を教える意味も込めて、まず三人の前で作って見せたわけだが、それで基本の編み方はわかったらしく、そのあとは三人とも静かに、手元に集中し続けている。

 普段ものを作る習慣のない三人――「魔法少女捕獲のための罠なら、日々研究と試作を重ねています!」と胸を張ったイラージャはノーカウントで――である、さてどれだけのものを作るだろうかと、壁に背を預け見ていたが、これがなかなか個性が出ていて面白い。

 まず、ルアンの手元。飽きっぽい、がさつで困る、家の手伝いもろくろくしないと、よく母親が愚痴を言っているが、編む手つきはとても落ち着いたものである。編み目の大きさもはじめてにしては合っていて、悪くない。ただ、ところどころ目がきつくなってしまっているのは、向かいのソファに座る『天使』が唸るたびに意識が逸れているからだろう。それでも初心者にしては上出来で、もしこれが何かの講座だったとしたら、及第点もくれてやれる編み方に見えた。

 次いで、イラージャ。こちらはルアンの挙動になど構わず、ずっと自分の思うように動いている。性格を表すような大きさのきっちり合った編み目は、やはり性格を表しているのかやや詰まりすぎているきらいがある。不意に手を止めては、じっと針を眺めているが、さて、何を思っているのだろうか。

 そして最後に三人目。我が愛すべき従業員、クリューはというと――

 進みは一番早いが、編み目の大きさはバラバラだ。一番良くないのが編み始めと手元のちょうど中間あたりの編み目で、彼女の小指の先がすっぽり入ってしまいそうな、大きな穴ができている。

 ……それでも目はきらきら輝いていて楽しそうで、窓から差し込む陽光にかざしては、嬉しそうに「うん」と頷いたり、「うーん」と神妙な顔をしたり。自身の作品の、いったいどこに納得しているのか、またどこを悩んでいるのか一番わからない出来栄えだが、売り物にするとかいうわけではないのだから、この際それの巧拙などどうでもいい。本人が楽しんでいるようだからよしとしよう。どんなことでも、仕事でないのなら、楽しめるのが一番だ。

「……あれ」

 と、不意にルアンが声を上げた。眉を寄せて自分の手元を見つめている。聞いてやろうかと壁から背を離したが、それより早くイラージャがソファから身を乗り出した。年上ぶりたいのか、それとも心からの善意かはわからないが、ルアンに向けて優しく尋ねる。

「どうかしましたか、ルアンくん」

「あ、えっ、いや、あの――す、スプートニクさぁん!」

 けれどその優しさも、ルアンの心には毒だったようだ。

 諸々隠す気のないヘルプに、ぐぶ、とスプートニクの喉が鳴った。笑うのを堪えたつもりだったが上手くいかず、顔を逸らして「どうした」と尋ねる。

 ルアンはソファから立ち上がると、必死な様子でスプートニクの元にやって来た。持っていたかぎ針をスプートニクに押しつけながら、叫ぶ。

「ここ、ここ! わかんなくなったんだけど、ここ!」

「うん……?」

 その場しのぎの嘘かもしれないなと思いながら受け取ってみるが、確かに編み目の大きさが明らか異なっていた。引く加減の問題だろうとそこだけ解いて、「間違ってはいないから、糸を引く力に気を付けて編み直せ」と返してやる。

 やりとりをする間、うずうずと何かもの言いたそうなクリューがこちらを向いていたが、何が言いたいのかわからないので取り敢えず無視をしておいた。何か言ってくるだろうかと思ったが、ルアンが戻ると同時、彼女もまた顔を伏せて、作業を再開する。

 まったく個性豊かな面々だ、とつい頬を緩ませるが――直後。

 スプートニクが笑みを消したのは、先ほどの、余計な一言を思い出したからだ。


 ――『君。どうして彼女を守っている?』


 勝手に来て、勝手なことを言った挙句、部下を残して去ってしまったあの男の言葉。戻ってきたイラージャに「先に宿に行ったようだ」と伝えたが、予想外のことに狼狽える彼女を宥めるのも面倒だった。おいおい何かで埋め合わせをして貰わなければ溜飲が下がらない、と苛立ちながら、その彼が言った『彼女』のことを考える。

 スプートニクは視線を動かして、ちまちまちょこちょこ手先を動かす栗色の髪の少女を見た。針を動かし糸を絡めるのに合わさって、なぜか唇までもがもごもご動いている。持った針を糸の輪にくぐらせるたび、肩に掛かった癖毛の跳ねたところがぴょこん、と揺れた。それを愛らしいと思うかどうかは人によるだろうが、少なくともスプートニクにはそういう彼女の奇妙な挙動が『面白く』思えている。

 あの男の質問など深く考えなければならないものではない、という結論だけは頭にあった。その場凌ぎの質問に聞こえたし、また彼自身も「余計なこと」と言ったのだ。こちらがそれに心悩む必要などないことはわかっていた、けれど。

 クリューとイラージャの間で、顔を寄せ合って座っている熊のぬいぐるみ二体を見る。まったく同じではないが、確かに似ている二つの顔。隣で一生懸命に作業をする主人のことなどいっさい興味ないかのように、きょとんととぼけた顔を見せている。

 どうして守る、か。答えてやる義理はないのだ、けれどなぜか思考が向く。

 理由など、「宝石を吐く娘という奇妙な『体質』に惹かれた」、「彼女を治してやる『約束』をした」それだけだと、自分自身思ってきたし、他に理由などない――はず――だ。

 けれどおそらくあの男は、そんな答えでは納得しない。

 確かに考えてみれば、不思議な話に思えるのだろう。今が清廉潔白な生活態度であるかどうかはさておき、かつての、これと会う前の自分に女性関係に問題があったことは否定しないし、否定しようとしてもできない。

 心変わりの原因。それは勿論、これに対する愛欲や性欲などではない。かといって自身に慈愛などあったわけでもなく、結局のところ『その場の気まぐれ』と言うしかないわけだが……説明は考えた以上に難しそうだ。

 そう思ったとき。

 頭の奥で誰かの声が聞こえた気がした。

 それが誰のものであったか。なんという言葉だったか。

 ――スプートニクが答えを出すより早く、

「あの、あの」

 確かに鼓膜を震わせたものがあった。はっと、我に返る。

 焦点を合わせると、いつの間にやら目の前に来ていたクリューが、自分の『作品』を握って、スプートニクの顔の前にかざしていた。

 そしてそのことに気付くと同時、脳裏に響いた何かは跡形もなく消えてしまった。

「私も教えてほしいです。ルアンくんばっかり教えてもらえて羨ましいです」

 ばっかり、というほど構ってはいないが。

 ただ何にしても、こういうものに興味を示してくれる人間に悪い気はしない。一瞬だけ蘇り、霧散した何かは一時忘れて、針を受け取りながら聞いてやる。

「いいぞ。何がわからないんだ」

「ここ。おっきくなりました」

 と示した穴は、どうも仕様ではなかったらしい。彼女も気にしていたようだ。大きな瞳に一心にスプートニクを映して、自身の希望を口にする。

「小さくしたいです」

「ああー……」

 けれど編み目はどんどん進んでしまっていて、今さらほどいて戻るのも、いささか勿体ないような気がする。

 さてどうしたものか、と眉を寄せたとき、不意に。

 編み目を指さす、白く小さな手。節の目立つ彼のものと比較にならない、細い指。

 そのうちの一本、人さし指の付け根に、もうほとんど目立たないが、小さな小さな傷跡が見えた。

 ――それを契機として。


 昔のことを、思い出した。



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