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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅵ 彼の想い
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3-2




 定住をするようになって久しいが、旅をしていた頃と最も変わったのが、ものをよくため込むようになったことだ。

 羽振りのいい相手を客にする商売だから格好こそ整えてはいたものの、旅をしていた頃は、いかにして荷物を減らすかに賭けていたようなところもある。普段の仕事には使えない、商会の正装もあまり欲しいとは思わなかった。そんなことを言ったら「いざというときに困るでしょ」と笑って姉に諭されたのはいつの頃だったか、正確な時期までは覚えていないけれど……ともかく。

 数年前まではそういう人間だったことをすっかり忘れてしまったかのように、彼の作業場である宝石加工室には今、たくさんの品物が揃っていた。加工前の宝石、道具、薬品、資料……果ては、今スプートニクが手に取った、まるでおもちゃのような『それ』まで。

 スプートニクは、棚に置いてあったそれを手に取ると、再び二人の待つ店に戻る。どうしたのかと不思議そうにこちらを見るルアンの目の前に、スプートニクは手を突き出した。

「金がねェなら、これでもやってみたらどうだ」

 一本の金色の棒と、様々な色の糸。

 ルアンはそれを受け取りながらも、スプートニクの想像通り、怪訝そうな表情をした。

「何、これ」

「刺繍糸」

「なんで君、こんなもの持ってるんだい」

「雑貨屋で売ってたから、気まぐれに」

 二つ目の質問は、ルアンの手元を背後から覗き込むソアランのもので、スプートニクはそれにも特別迷うことなく答えた。

 刺繍糸。――手芸。先日、雑貨屋へ行った際に見つけて、新たな暇つぶし、あるいは装飾品製作のアイデアに繋がればと思い購入したものだ。会計する際「クリューちゃんへプレゼント?」と聞かれたときはなんとなく否定しづらくて、適当な笑みで誤魔化した。

 男が編み物か、とか言ったら殴ってやろうと思っていたが、ソアランは、ふうん、と呟いただけだった――考えてみれば、この魔法少女おとこに、そんな感覚があるわけがなかった。

 それはともかく。ルアンは人さし指と親指で怪訝そうに刺繍糸を摘まみ上げた。やはり怪訝そうな面持ちと声音で、言う。

「編み物?」

「ま、そうだな。こっちはかぎ針」

「へェ。また可愛いものを持ってきたね、俺も持ってるよ」

「お前が?」

「ふふん。あの衣装がほつれるたびつくろっているのは誰だと思っているんだい」

 知りたくもない情報だった。

「それはともかく。これをどうする気なんだい」

「銅貨一枚で売ってやる」

 というのは、この変態への言葉ではない。

 雑貨屋で購入した際の値段は忘れたが、銅貨一枚で売り渡すのでは恐らく赤字だろう。けれど一式は、そうすることを惜しいと思えるほど高価ではなかったはずだ。

 ルアンを見る。そこの変態より、彼の方が察しが良かった。

「え、スプートニクさん。それもしかして、俺にそれで何か作れって言ってる……」

 信じがたい、とばかりの表情をするルアンに、スプートニクはあっさり答えて見せた。

「指輪でもブレスレットでも、好きなものを作ればいい」

「はぁ!? そんな女みたいな真似、できるかよ!」

「あァ?」

「ごめんなさい」

 手先を使って売り物を作っている身からして、聞き逃すことのできない一言だった。だから多少不快な表情を作って見せたのだが、どうやらすぐに自身の過ちに気付いてたらしく、小さくなって謝ってくれた。素直なことはいいことだ。

 けれどその反省に、納得の意味は込められていなかったらしい。すぐにはっと顔を上げると、こうすがるように言った。

「で、でも。俺、器用じゃないし」

「器用かどうかは問題じゃねェよ。お近づきになりたいんじゃねェの? 『天使さま』と。今なら受講料はサービスしてやるぞ」

 かぎ針についてきていた説明書には先日一度目を通していたし、それにもとより、編み物の基礎は知っていた。教えられないものではないはずだ。

「……でも」

 下唇を噛んでうつむく姿。誰かに似ているな、と思ったが考えるまでもなかった。自分の意見が思うように伝わらず拗ねたときの、クリューに似ていた。

 クリューが彼に影響を与えたのか、それとも彼女が彼の影響を受けたのか。それはわからないけれど――思った、そのとき。

「ただいまです!」

 という声は、躊躇うルアンのか細い声を遮ってその場に響き渡った。

 声のついでとばかりに響くドアベル。入ってきたのは声の主、クリューと、そして。

「おかえり。……増えたな?」

「はいっ」

「増えましたっ」

 というのは、人数の話ではない。元気に首を縦に振るクリューと顔を見合わせいたずらっぽく笑うイラージャの腕には、クリューの持っているのと同じような熊のぬいぐるみが抱かれていたのである。こちらは服は着ていないけれど、クリューの熊と顔つきが似ている。作り手はきっと同じだ。

 ご機嫌のクリューはイラージャの熊の来歴を話したが、やはり予想通りのものだった。

「エルサさんのところに行ってきたんですけど、そしたら双子さんたち、また新作ですって。だから、良かったらって」

「ふかふかで可愛いんです。とっても」

 各々の腕の中に収まったぬいぐるみを抱きながら、口々に言う。

 ――脈の早さの代償に、彼の心臓以外の一切は、石像のように止まってしまった。などとたとえたら詩的だろうか? そんなことを考えるが、いいところ三文小説の一文に過ぎないだろう。もしくは売れない吟遊詩人の、心のこもっていない歌。

 いずれにせよルアンはそんな二人の姿を、もしくは二人のうち一人の姿を見て、面白いように固まった。

 やがて友人の異変に気付いて、「どうしたのルアンくん?」といかにも不思議そうにぽんぽん肩を叩いたのはクリューだ。けれど彼はまだ、何も言うことができずにいる。スプートニクはそんな彼の代わりに、答えてやった。

「そいつ、それで指輪を作りたいんだと」

「ルアンくんが?」

「そう」

「えっ」

「で、あげるんだと」

「誰にですか?」

「あっ、いや、ちがっ」

 クリューの質問に答えないでやったのは、せめてもの情けだ。

 スプートニクとクリューの会話へ割って入り、否定をしようとした――が、

「素敵ですね、想いのこもった手作りのプレゼントなんて」

 しかし言葉は、やはり、途切れる。しばらく口を噤んだのち、クリューとイラージャに背を向け尋ねるが、声は震えていた。

「……そ、そうかな」

「そうですよ。喜んでもらえるといいですね」

 大きく頷くイラージャの明るい顔は、彼の目に届くことはなかったが……ぽつりと呟いた「そっか」の一言は、きっと彼の決意だったのだろう。

 ――などと考えていると、服の裾を引かれた。

「あの、あの、スプートニクさん」

「? どうした」

「それ、私も作ってみたいです」

 クリューが彼のシャツを握って、目を輝かせ、そんなことを言う。

「私も指輪、作ってみたいです」

 ふむ。

 これが興味を持つとは意外だったが、一人教えるも二人教えるも同じである。もしかしたらルアンとしては避けたい事項だったかもしれないが、そこまで慮ってやる義理はない。スプートニクは、軽く首肯してぱたぱたと手を振った。

「いいぞ。材料は雑貨屋に売ってるから買ってこい」

「はいっ」

「あ、じゃあ、私も……あの、店主様、良かったら」

 おずおずと手を上げるイラージャにも、大きく頷いてやる。

「教えてやる教えてやる。それから、クー、ついでに俺にも一セット頼む」

「はぁいっ」

 片腕に熊を抱き、片腕を元気に上げて返事するクリューに、足が出ないよう少し多めに金を握らせる。二人はなおも呆然と佇むルアンを置いて、雑貨屋へと出かけていった。

 さて。

 いつの間にか静かになっていたソアランに、スプートニクは目を向けた。部下と仲睦まじそうにする子供へ、嫉妬でもしたか? まさか。

 慮ったわけではない。が、聞いてやる。

「お前はいいのか」

 そうだね、可愛いね、俺もやりたいなァ、なんて言い出すだろうかとも思ったが。

 しかしそうはならなかった。

「俺はいいや、先に宿へ行っているよ。うちの部下をよろしくね」

 右手を振って、拒否をした。そして、用は済んだとばかりにソファから立ち上がる。

 ――けれど。スプートニクは忘れていなかった。

「その前に。何を言いかけたんだ?」

「……うん?」

「俺に言いたいことがあるんだろう」

 彼が言いかけたこと。――ルアンがやって来たことで、流れてしまった話の内容『もう一つ』。

 尋ねると彼は、少し、首を上げた。何を見ているのかと思ったが、どうもただ考えていただけらしい。しばしの後、あァ、うん、と言った。

 やがてまたやや俯きがちになると、長く息を吐きながら、ゆっくり笑みの形を作る。そうしてからぽつりと、「君、」と言ったが、それが呼びかけであるとわかるまでに少しの時間がかかった。応じる。

「なんだ」

 と。

 彼は言った。

「君。どうして彼女を守っている?」

 彼女というのは……

 誰を示すのかは、迷うまでもなかった。けれどあまりに唐突で、予期せぬ質問だったせいで、答えをすぐに返すことができない。そのうちに、ソアランは言葉を続けた。

「君のことを改めて調べる上で、ちょっと疑問に思ったことがある。宝石を吐く娘だからか。彼女の体質を治してやる約束でもしたのかな。――だが。それ『だけ』ならなぜ、そこまで大事にすることがあるんだい?」

「俺があれを、そんなに大事にしているように見えるか? 雇い主としての適切な範囲内のつもりだが」

「先ほどのバスケットは、たいそう旨そうだったね」

 その物言いは、こちらを茶化しているかのようだった。

「過去の――彼女と知り合う前の君の素行を調べると、まァよろしくない。主に女性関係に関してだがね。それが休みの日に家族サービスするほどにまで子煩悩になるとは、またその子の友達の世話まで焼くようになるとは、人とはこうも変わるものなのか、と思っただけだよ。何かきっかけがあったのか、ともね。あるいは、何かそこまで大事に想う理由があるのか、と」

「俺に小児性愛ロリコンの気があるとでも?」

「そこまで言いはしないけれどもね。……あァ、心配しないでくれたまえ、たとえ君にその気があったところで軽蔑はしないよ。愛の形は人それぞれだ」

「ふざけろ」

 軽く蹴る。と、変態ソアランはきしきし笑った。

 けれど。

 ――それは本当に、彼が聞きたかった事項ではなかったのではないだろうか?

 なぜか、そんな気がした。本当に聞きたいことを聞けないがために、あるいは『聞けなくなった』がために、別の疑問を放ったような。だから、

「聞きたかったのは、そんなことか」

「そうとも」

 確認するように尋ねたが、スプートニクがそう言うことも予測していたようだ。躊躇わず首肯する様は、まるで用意した台本にそう答えろと書かれていたかのようで、つい、眉を寄せる。

 と、彼の顔が微妙に歪んだ。

 笑み。目元が見えないからわからないが、どうも苦笑したようだ。

「いや、妙な顔をしないでくれ。ここしばらく忙しくてね、あまり眠れていないんだ。そのくせ頭だけは延々フル稼働だから、余計なことまで考えてしまう。深い意味はないよ、本当に」

 本当に。念を押すようにもう一度、言った。

 けれどその誤魔化し方もまた、妙に下手くそで。――この男が本当は何を問おうと思っていたのか、知りたいと思った。

「おい」

「それじゃね。『天使』をよろしく」

 けれど彼はそれ以上、何を言うこともなかった。答える気もなかったようだ。

 もう一度呼びかけるが返事はなく、彼は結局その質問だけを残し、ドアベルを鳴らした。





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