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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅵ 彼の想い
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2-3




 せっかくの休日だというのに。

 スプートニクはうだうだと店の鍵を開けると、魔法使い二人を応接のソファに通した。

 自身と同じく弁当もそこそこに店へ帰ってきたクリューへ、茶を淹れるように指示を出す。突然の来客によって外出を中止せざるを得なくなったわけだが、久しぶりに友人に会えたことの嬉しさが勝ったようだ。彼女は上機嫌そうに命令に従ってくれた。

 四つのカップが応接机の上に置かれる。向かいにふたつ、手前にふたつ。自分の横に、ぽすん、と軽い音がするのを聞いてから、スプートニクは口を開いた。

「さて、と」

 改めて、正面を見る。片方は顔をあらわにしているが、もう一方はフードをかぶったままだ。それでも、覗く茶色の髪と、薄く笑う顔の下半分とは間違えようもない。

「お前と会うのは、いつぶりだか」

「店主様とはあの一度以来かと。息災のようで何よりです」

「成程」

 スプートニクは頷いた。イラージャが同席している現状、『そういうこと』で話を進めるつもりか。

 イラージャは……と見ると、彼女はとても嬉しそうな笑顔で小さく手を振っていた。その視線の先の相手も、ジェスチャーで返事をして、二人でくすくす笑いあっている。久々の再会が嬉しいのか、話の内容にはあまり興味がないのか。

 ため息を押し殺し、スプートニクは彼女に告げる。

「クー。ちょっとイラージャを連れて部屋に行ってろ」

「えっ」

 しかしそれはそれで好ましい話ではなかったらしい。クリューの眉が瞬時に寄る。

 放っておけばすぐ、私もお話聞きます――とでも言い出すだろう。だからスプートニクは彼女が口を開けるより早く、こんなことを言ってやった。

「ほら、あれだ。お前、イラージャと文通してるんだろう? なら、いろいろと積もる話もあるんじゃないのか。話ならあとでいくらでも教えてやるから、少し部屋で話してこいよ。……そっちだって、そういう考えでイラージャを連れてきたって考えも、なくはないんじゃないのか。なァ」

 なかなか言い訳がましい物言いだ、と自分のことながら思った。そもそも普段の自分なら、口先だけでもそんな優しいことは言わないだろう。――だから。

 フードを深く被ったままのこの男に、目配せが届いたかどうかはわからない。ただそうして矛先を向けると、彼の口元は少し歪んだ。

「店主様のおっしゃる通りです。イラージャ、お嬢さんがいいというのであれば、少し二人でお話をしてきたらどうかな。……そもそも今日の訪問は、以前迷惑をかけたことへの正式な謝罪のためといったところが大きい。前回ほど、重要な話をするつもりではないよ」

 伝える首はイラージャを向いている。だが後半はきっと、クリューに聞かせたものでもあったのだろう。そこに嘘があるかどうかを見極めるようとするかのようなクリューの視線にも臆さず、彼は薄い笑いを浮かべ続けてみせた。

 そして。穏やかな調子で話す彼は、その様子のまま不意にクリューを見た。クリューは傍目にもわかるほど肩を跳ね上げたが、ソアランは動じずに、友好的なその笑みを深くすると、今度は確かにクリューに向けてこう尋ねた。

「ですので、お嬢さん。どうぞ彼女と、少しお話をしてやっては頂けませんでしょうか?」

「ひゃう」

「彼女の上司としても、お願いいたします。あなたからのお手紙が届くたび、彼女がとても嬉しそうにするので、どうにかして会わせてやりたくなったのですよ」

 嘘臭ェ。

 ソアランの胡散臭い微笑みに『なぜか』頬を赤らめ、返事すら噛んだクリューを横目に見ながら、心の中で毒づいた。だが、この場でそう思ったのはスプートニクだけだったらしい。もしかしたら言う彼も、自身の振る舞いをそう思っていたかもしれないが、少なくとも女性二人は彼の『部下を思いやるそぶり』にすっかり心を打たれてしまったようだった。証拠に、瞳を輝かせたイラージャが彼の名を呟く。

「ソアラン様」

「勿論、君たちが良かったら、だけど。どうかな」

 様子を窺うようにスプートニクを見上げるクリューへ、軽く腕を振ることでその回答にする。と、クリューは「それじゃあ」と言って立ち上がった。イラージャを誘うように手を差し伸べると、二人仲良く連れ立って『従業員専用』へと歩いていく。自室でいろいろ話をしようというのだろう、いい判断だ。

 スプートニクは、視線をソファの向かいから逸らさず、背中で二人のこそこそ話を聞く。

「ソアランさん、優しい上司さんで羨ましいです」

「えへへ、素敵な人でしょう」

 そんな、この男の表面しか見えていないたわごとは我慢できた。が、小さな声で最後に聞こえた「スプートニクさんとは大違い」との言葉はやり過ごせずつい振り返る。が、振り返ったところで二人の姿はすでになく、ちょうど『従業員専用』の戸が閉まるところだった。

 ……行ったのをわざわざ連れ戻して説教するのも大人気ない。そう思い、浮かした腰を黙って下ろすと、

「感想は?」

 向かいの馬鹿が言った。

 口元からあの表情は消えていたが、妙に歪んでいる。作り物ではない本来の笑みを、なんとか打ち消そうとして、しかし叶わずにいるそんな顔。よくよく見ると、肩も小刻みに震えている。クリューの最後の呟きは、きっとこの男の耳にも届いたのだろう。

 魔女協会コークディエ支部の副支部長、イラージャの上司としての顔はもうお終いのようだ。足を組み、伸ばしていた背をソファの背もたれに埋めるのを見ながら、スプートニクは答えた。

「単純馬鹿に育てた覚えはねェんだけどな」

「『純粋なのはいいことだが、変な詐欺師に捕まらないか心配だ』ってところかな」

「変な翻訳をするな、外面そとづら大王め」

 嚙みつかんばかりに言うと、今度は小さく首を傾げた。そのしぐさを言葉にするなら「やれやれ」といったところか。

「で、何の用だ。まさか本当に、あれらを会わせるためだけにやって来たわけじゃないんだろう」

「もう一つの理由は、先ほど言ったように謝罪のためさ。君たちには多大な迷惑を――」

「いい加減にしろ」

 応えは吐き捨てるようなものになった。

「謝罪? そんなわけがあるか。魔法使い(おまえたち)は、そんな殊勝な生き物だったか」

「いや、それは考え過ぎというものだよ。俺たちだって、我々の素行に間違いがあったとなれば」

「そもそもだ」

 それだけ言っても、返って来た言葉は聞くほどのものではなかった。

 だから遮り、睨みつける。訪問の理由が確かに彼の言う通りであるとするなら、彼らの行動には重大な穴がある。

「聞くぞ。お前らの世界の『謝罪』とは、先方にアポイントも取らず、唐突に押しかけるものなのか」

「……君は相変わらず、痛いところを遠慮なく突いてくるね」

「テメェに遠慮なんかする必要はねェからな、まだ言うぞ。イラージャを連れてきたのは、うちの従業員を話の場から離席させるためじゃないのか。『あのとき』、あれが一緒に話を聞きたいとごねたことを覚えていたんだろう。あのときはクーが同席していても構わない内容だった。……けれど、今回はそうできない何らかの面倒な話題だと。違うか、えェ?」

「全ては推測だね。証明とするには少し足りない」

「それらの根拠は」

 頭の隅に、一つの言葉が蘇る。文章としてではなく、あの女の声で、音声として聞こえた。――なんとかするからなんとかしといて。

 今まであの女の言葉に、行動に、意味のないものなど一つとしてなかった。

「根拠は?」

「お前に聞かせる必要はない」

「君と僕の中じゃァないか」

「和親協定を結んだ覚えもねェよ。いっそ今、ここで、決着をつけるか?」

「勘弁。俺は、そんなことをしに来たわけではないからね」

 手のひらを上に向け、招くように指を折ってやるが、彼にはその気はないようだ。両腕を肩の高さに掲げ、唇が笑う。その仕草は明らかな『降参』を示していた。

「君の言う通り、話がある。君の可愛いお嬢さんにも聞かせたくない、幾つかの話がね。二人が話に飽きて降りてくる前に、さっさと『用事』を済ませてしまおう」

 隠されたその目がどんな形をしているのか、想像には難くなかった。






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