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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅵ 彼の想い
102/277

2-1


「と、いうわけで。リアフィアット市の収入源の三分の一くらいは、こうして別の町にお花を販売することで得ているのです。わかりましたか?」

「はいっ」

 元気なお返事、非常に結構。

 花卉市場の係員の説明を受けた彼女が、何やら期待の眼差しでこちらを向く。スプートニクが少し離れたところに立っているのを見つけると、急いで走ってきて報告を始めた。

「スプートニクさん、スプートニクさん」

「はい」

「リアフィアット市はですね、ええと、だいたい」

 が、一生懸命な報告はすぐに途切れ、きらきらした瞳のまましばらく無言のままでいる。何かを考えているようだが、結局思い出せなかったようだ。

「えっと」

 振り返る。歩いてついてきた係員は、口元に手を当て、小声でこっそりとクリューに言った。

「三分の一」

「三分の一がお花でできてるんですよ!」

「…………」

 ばっと両腕を広げ、したり顔を浮かべる彼女。

 返答に、どうにも迷う。曖昧な表情で一度係員を見るが、向こうはにこにこと笑顔を浮かべるだけ。

 スプートニクは混じり合う感情を細い息に混ぜて鼻から吐くと、ようやっと短い返答を口にした。

「……そうか。すごいな」

「すごいですねっ」

 この街の経済がどのように成り立っていようと、スプートニクにとってはどうでもいいことだ。だからそうやって自慢げに言われたところで彼の心には何も響かないし届かないから、返事もひどく適当なものになる。けれどそんな答えでも、彼女がいかにも嬉しそうに笑うから――

 これがいいなら良しとしようか、と、スプートニクも諦めがちに笑うのだ。




 先日のクリューの家出騒ぎ。

 結果的に彼女の『家出計画』は実行に至ることなく保護者スプートニクに露見し終結したが、その件に関して、

「従業員とのコミュニケーション不足ね」

 と言ったのは、喫茶店フィーネのウェイトレスであるエルサだった。

 貸馬車屋から帰る道すがら、落ち着かぬ様子でもじもじしているクリューに理由を尋ねると、喫茶店フィーネに、すでに家出のための弁当を予約――それも二つも――してしまったと告白したのだ。

 勝手なことをするなと改めて説教し、やや気落ちしたクリューを連れて弁当のキャンセルに行ったところ、エルサはクリューではなくスプートニクに対して、そう怒った。

「もっとクリューちゃんのこと、よくわかってあげようとしなきゃ駄目よ。特に繊細なお年頃なんだから、保護者としても目をかけてあげなきゃ駄目」

「保護者として、ねェ」

「まさかと思うけれど、スプートニクさん。毎晩お酒飲んで女の人と遊び歩いてたりなんか、されてないわよね?」

「…………」

「ね?」

「……減らします」

「よし」

 なぜかクリューまでもが、胸を張って大きく頷く。

 どうしてクリューの謝罪行脚が、いつの間にかスプートニクへの説教にすり替わっているのか。悪ガキ(クリュー)は、いつの間にやらエルサの隣に移動して、腰に手を当てしたり顔でいる。つい先ほどまでは神妙な顔つきでいたというのに、変わり身早い奴め。

 眉を顰める。とエルサは、その変化を自身に向けたものと誤解したか、ポニーテールの先と立てた人さし指の先をちょこちょこ揺らした。「ちゃんと聞いていらっしゃるの?」と、小言つきで。

「そうそう、念のため申し上げておくけれどね、スプートニクさん。夜遊びを減らすだけじゃ駄目よ」

「まだあるのかよ……何」

「言ったでしょ。コミュニケーションよ、コミュニケーション」

「こみゅにゅけーしゅん」

 言えていないクリューは無視。

「福利厚生は充実させているつもりだけどな」

「それは雇い主として当然のことよ。でも、それだけじゃ駄目。だって、スプートニクはクリューちゃんの雇い主である前に保護者でしょう?」

 ああ言えば、こう言う。

 相手がナツであったらきっとそう言っていただろうが、

「たとえば?」

「たとえば、そうねぇ――お店が休みの日、どこか遊びに連れて行ってあげたりとか」

 その提案が、はたして本当にクリューのことを思って言ったことなのか、それとも自身の店の弁当部門の営業だったのかは、今でもスプートニクにはわからない。

 ただいずれにしても、クリューはその意味を理解した瞬間、諸手を挙げて歓声を上げたし、スプートニクが抗議をするより早く、彼女は目を輝かせてたいそう嬉しそうに彼を見た。そして間髪置かず、あそこに行きたい、ここも、あそこもと希望を連ね初めてしまう。

 身振り手振りを加えて楽しそうにするクリューを「めんどくせェ」と一言で切り捨ててしまうのは簡単だった。いくら雇い主で保護者だったとしても、休日を返上してまで彼女の要望を叶えてやる義理はない。

 だが。

 クリューからではない、別の方向から、彼の肩辺りにチクチクと刺さる視線。持ち主を伺うと、表情こそにっこりと歪んでいたが目はまったく笑っていなかった。

「わかっていらっしゃるわね?」――その視線を受けながら、断固反対の意思を伝えるのはなかなかにして難しく。

 結局こうして、定期的に遊びに行ってコミュニケーションを図る、という条件を飲み込んだのだった。




 そして本日は、その二回目。

 動物園だ水族館だと、この町にないものばかりを挙げる彼女に、まずは自分の住む場所を改めて知ることから始めるべきだと理由をつけて誘ったのが、この花卉市場だ。あちこち提示していたが、実際クリューはどこかへ遊びに行ければどこでもいいようで、一回目の果樹園と併せ、手近な場所であるのににこにこと喜んでついてきた。

 陣取ったベンチに並んで座る。スプートニクが二人の間にバスケットを下ろすと、クリューはそれを自分の方に引き寄せた。

「スプートニクさんは座っててください。私がおべんと、用意しますから」

 言いながら彼女は、バスケットのふたを開ける。大した『用意』などないだろうが、それでこれの機嫌が良くなるのならいいとしよう。中には更に二つのバスケット、脇には水筒と、カップが二つ入っていた。

 小さなバスケットは、一つが一人前になっている。クリューは青いリボンのついた方を取り出すと、満面の笑顔でスプートニクへと差し出した。

「どうぞっ」

「あァ」

 そしてピンクのリボンの方を取り出すと、そちらは自分の膝に。

 留め金に手を掛けたとき、

「あ、スプートニクさん」

 不意に名を呼ばれた。そちらを向くと、帽子を取って挨拶する青年の姿。郵便屋だ。

 バスケットをベンチに置いたまま、立ち上がって挨拶する。

「どうも」

「速達がありまして。どうします? お店の方はお留守でしょうが、郵便受けでいいですか、それとも」

 手紙。届くものは請求書か、仕事の依頼か。

 ……それとも。

「いや。今受け取ろう」

「では」

 鞄に手を入れ、手紙を一通。ちらりと見えた鞄の中から察するに、仕事がまだ大量に残っているようだ。足早に去って行った。

 それは請求書でも、仕事の依頼でもなかった。

 筆跡も、封蝋シーリングワックスの印章も、見慣れたものだ。同時に一人の女の、不遜な笑みが思い浮かぶ。中身は恐らく――しかし、

「うー」

 ごつん。

 手紙を開封しようとしたとき、背中に何かが当たった。

「うー」

 ごつん。二度目。

 さほど痛みはないが、謎のうめき声と併せ、無視できた現象ではない。

 振り返る。と、三発めがちょうどスプートニクの脇腹に入った。

 脇腹にめり込んでいるのは、栗色の塊。どうやらバスケットを抱えて両手のふさがったクリューが、彼の背に頭突きをしていたらしい。

「……何」

 尋ねる。と、一歩下がった。そしてこちらを向いた表情は、怒っている、とはいかないものの頬は膨れ、眉は寄って、唇もぷるぷる震えている。

「お仕事は駄目です」

「あ?」

「今日はお仕事しない日なんですっ」

 言い切ると彼女は、つん、とそっぽを向いた。――そういえばエルサの説教の際に、そんなことも取り決めたような気も。

 この手紙。急ぎで回答を求めたもので、読めるのであればすぐにでも読みたいが、読み始めたと同時、奪い取って破り捨てられては堪らない。

 不満そうに唇を尖らせるクリューに、スプートニクは肩を竦めた。

「わかったよ。仕事はまた、あとでな」

 尻のポケットに手紙をしまい、それより弁当食うか、と、視線で彼女の持ったバスケットを指してやる。

 と、クリューはぎゅうっとバスケットを抱きしめた。

 そしてやはり予想通り、嬉しそうに笑うのだ。

「はいっ」






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