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なぜ、こんな気持ちになるんだろう。
何も分からない。
気分が悪い。
吐き気がする。
息ができなくなる。
心が苦しい。
何かが私に向かってきているのか。
それとも……。
何かが去ろうというのか。
私には分からない。
なぜ、こんな気持ちになるんだろう。
ティナは夢を見ていた。一見夢ではなさそうだったが何となく夢だと感じた。
周りは何もない。何かあるとすれば黒。黒一色である。自分がどこにいるのかも分からない。自分の体は見える。けれど周りは深い暗闇だった。一瞬身震いしたと思えば、目が覚めた。目の前には自分の部屋の天井が見える。今でもあの暗闇が脳裏に浮かぶ。
起き上がって、窓から外を見るとまだ薄暗く、時計を見ると朝の五時を過ぎたところだった。
今は夏真っ盛りでティナも薄着で寝ていた。少しくしゃっとなった髪をかきあげて洗面所に向かった。ティナの部屋には洗面所が設けられていて、ティナは蛇口をひねり、水を出して顔を洗った。水は冷たくて目覚めには気持ちが良かった。ティナの髪はストレートで陽の光にあたると金髪が輝いている。少し髪が乱れていたとしてもすぐに直った。鏡を見て髪を整えてから洗面台を出た。身軽な服に着替えて、ペンダントを首にかけ剣がついているベルトを腰に巻いて部屋を出た。
城には中庭がある。中庭といってもそれほど木や花もなく芝生が広がっていて、三個ほどベンチが等間隔にあった。その芝生の上に一人の青年がいた。その青年は銃を持っていて丁寧に手入れをしていた。ティナはベルトに刺してあったフルーツナイフを取り出し、それを右手に持って勢い良く青年に投げた。だが、青年は背を向けたまま体を反らしナイフを避けた。ティナも本気で当てるつもりはなかったので、避けられるのは予測済みだったので、何もなかったかのように声をかけた。
「ケイン、後ろにいること知っているなら声ぐらい掛けてよ」
「ティナが何をしてくるのか試してみたのさ。案外簡単にナイフ投げてきたね」
「当てる気なかったし、ちょっと試してみたかったんだよね」
ティナはナルティノの姫である。こんな会話を誰かが聞いていたら大変なことになるが周りには誰もいなかった。
「で、どうしたんだい?こんな早く起きてくるなんて」
「ちょっとね。変わった夢を見て、目が覚めちゃった」
「変わった夢?」
そう言うと、ケインは銃を懐に入れて、二人はベンチに座った。
ティナは今さっき見た夢を感じたままケインンに話した。ケインは何も言わず黙っていたが少し考えてから話し始めた。
「それは予知夢かもしれませんね」
「予知夢って前もって起こる出来事が夢になって出てくるっていう?」
「多分ね。ちゃんとしたことは分からないけど、なかなか真っ暗闇の中にいる夢ってないと思うし。けど、ティナがどう思うかは自由だけどね」
「半分、半分かな。不思議な感じがしたから。ケイン、聞いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ケインはベンチから立った。ティナも立って部屋に戻ろうとしたらケインに呼び止められた。
「せっかく中庭まで出てきたんだから、少しやらない?」
「いいよ。お腹もまだすいていないし。剣もあるしね」
「魔法使ってもいいよ」
「やるなら剣でしょ。ケインは銃を使ってよ。たまにはそういうのもいいでしょ」
そう言うと二人は向き合った。ケインは剣士だが、銃も使える。誰でも剣は使える。自分の身は自分で守れということである。だが、銃は使ってはいけない訳ではないが使える者自分の力を試したいのだ。
「始める前にルールを一つ決めておこう。僕は弾を五つ入れて、全部打たせたらティナの勝ち。まだ弾が残っていたら僕の勝ち。どうかな?」
「それでいいよ」
ケインは銃に五つ弾を入れて両手で持ち、ティナは右足を少し出して、剣を構えた。数秒どちらも動かず相手を見ていたが、まずケインが動いた。銃口をティナに向けたまま三発打ってきた。距離があるため外すのは確実だった。放たれた三発はティナに向かっていた。咄嗟に体を動かして、弾を回避した。残りは二発。ケインがいたところを見たが、もう目の前まで近づいてきていた。弾に気を取られていたために、近づいてくるのに気がつかなかった。そこで軽くジャンプをして後ろに行き、体制を整えて左から右へ、そして左に斜めに切ったが全てを躱された。躱すためにケインは少しかがんだ状態になっていたが左手を芝生の上に置いて右足を出し、ティナの足を目掛けて体制を崩させようとしていたが、ティアは素早くジャンプをしてもう少し後ろに行った。構えてからの動作は素早くて少し息が上がっていた。ケインから離れたあと、呼吸を整えて少し考えていた。残の二発はどう出てくるかと。でも、深く考えるのはやめた。進んでいくだけだと。
そして、ケインも呼吸を整えていた。それからティナはケインに向かい切りかかったが一向に決まらなかった。するとケインが軽く笑いかけてきた。ティナもつられて笑おうとしたが、それはもう放たれていた。四発目の弾だ。初めよりも距離も近く当たるかもしれない。ティナもこの距離では危ないと思っていたが離れるわけにもいかずそのままの距離を保っていたが、本当に撃ってくるとは思わなかった。この瞬間回避するのが精一杯で、尻餅をついて後ろにこけそうになったが起き上がろうとしたが無理だった。起き上がれないのだ。剣も放してしまっていてどうすることもできなかった。左手で首を囲まれ、こめかみには銃があった。背中にはケインの右足が背もたれ変わりになっていて立てる状態でもなかった。
「これで終わりだね。あと一発残っているから、僕の勝ちだね」
と言ってケインは放してくれた。
「剣を放しちゃうなんて。本当なら大変なことになってた」
ティナは剣を取りに行った。
四発目が打たれたとき大量に汗が出て、額には汗がにじみ出ていた。太陽も高くなってきて温度も上がってきて余計に汗が出た。二人は部屋に戻ってシャワーを浴びようとしたら、ティナを呼ぶ声が聞こえた。
「ティナ様。もう起きてらっしゃったんですね。もうすぐ朝食の用意が整いますので、ご用意してきてくださいますか」
声の持ち主であるトニー・アンドレーはこの城に仕える執事である。黒髪が薄くなった灰色の髪に白髪が所々にある人で、言葉も丁寧で誰からも好まれる人だ。
「シャワー浴びて、着替えてくるね。遅かったら先に食べててってみんなに言っといてもらえるかな」
「かしこまりました。ケイン様はどうなさいますか?」
「僕も少し遅れていきますので」
「かしこまりました。では失礼いたします」
トニーが戻っていくのを見送って、二人も初めの予定であったシャワーを浴びるために部屋に戻っていった。