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夜を駆ける  作者: kuroyumi
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 今朝もいつものように万引き行脚に出かける準備をしていると、突然吠え声がした。

 マエシロかぺタのどちらかだろうと、顔は向けず手を振って答える。


「待ってくれって、刀はちゃんと磨かないとすぐ錆びるんだよ」


オン、オン。


「待てって!ほら、裂きイカやるから」


イカと手、両方がぶっとやられた。

 跳び上がって振り返ると、心臓が止まった。

 右目の無い屍食鬼グール、アルフがいた。普通のグールよりも一回り大きいせいか

ただでさえ迫力のあるグールの中でアルフは飛びぬけて恐ろしい存在だった。

 アルフと闘った冬月が、馬鹿がつくとはいえ勇者と呼ばれていることでも分かるだろう。

 冬月は噛まれた手の痛さも忘れて固まった。


「《付いて来い・・・無礼者》だそうよ」


サヤの冷徹な声とアルフの視線が突き刺さり、出せたのは、


「・・・はい」


我ながらずいぶん情けない声だ。冬月はそう思った。


・・・#・・・


「《裂きイカか。アルフ、お前の好物じゃないか》」


「《余計なおまけがついてましたがね》」


サヤは淡々と訳す。

 冬月、サヤ、アルフは【灰色の十字架】アダムの部屋にいた。

 この洞窟の中でも特別快適とも言えない部屋だが、主のせいかここには威厳が満ち溢れていた。

 アダムは布団と毛皮の上でくっくと可笑しそうにうなる。


「別に今の会話訳す必要なかったんじゃ・・・」


「・・・」


さて、というようにアダムが冬月に向き合った。

 サヤの話だと人を襲わないと宣言したグールで、穏健派のはず。

 ぎらぎらした他のグールたちの飴色の目に比べるとアダムの琥珀色の目は戦士というよりも

本を片手に知識を求める賢者のそれに近い。

 

「《本題に入ろうか。ゼン、最近よく頑張っているそうじゃあないか。

  食卓に華が添えられて嬉しい限りだ》」


「あ、ありがとうございます。

 ・・・あの、ゼンってわたしのことです、よね?」


アダムが問うようにまばたきした。


「《冬月氷善ひょうぜんだからゼン。何か不都合でも?》」


「め、滅相もない!とてもすばらしいネーミングセンスだと思われます」


「《支離滅裂だな。慣れん敬語など使うからだ》」


背後から唸り声が聞こえたのと、サヤがにやっと笑ったのとでそれがアルフの声だと分かった。

 冬月は咳払いをして居住まいを正した。


「《まぁ、2人はさておき。サヤとゼンに改めて頼みたいことがある》」


サヤにも初耳だったらしく少し目を見開いた。

そんな彼女を尻目に口を開く。


「はい」


「《実は【白い鴉】ジュピター様がここを訪れることになって・・・。

  鹿や熊の肉でもいいんが、ここはどーんと牛肉をと考えていてな》」


「つまり牧場から牛をかっぱらってこい、と?」


くっくとアダムはのどを鳴らした。


「《人間の兵たちが警備を固めておるからそれは難しいだろう。

 ま、できるに越したことは無いが、止めておけ》」


ここでサヤは突然訳すのを止めた。

 む~っとしばらく黙っていたが、しぶしぶ、本当にしぶしぶと口を開いた。


「・・・《サヤと2人でなにか妙案を出してくれ》」


なるほどね。だからしぶったわけか。冬月がサヤをちらっと見るとぷいとそっぽを向かれた。

 温泉でサヤの吐露を聞いて以来、ますます距離が開いてきたような気がしていた。

 こんな状態で妙案などでるのだろうか?不安の尽きない冬月だった。


・・・#・・・


なにやらただならむ雰囲気で話し合うアダムとアルフを残し、部屋を後にし、

冬月とサヤは洞窟の奥へと向かった。

 冬月がそうしようと言ったわけではなくサヤがずんずん進むので仕方なく付いて行っている、というのが真実だが。サヤは話しかけるなオーラを振りまきながら進む。

 やがてある部屋の中にふいに消えた。

 おそらくサヤの部屋だろな、と思いつつ冬月が入っていいものかどうか悩んでいると

「ぐずぐずしてないで、さっさと来い!」と噛み付きそうな怒鳴り声がとんできた。

 中は冬月の部屋とたいして違いはない。少々広いくらい・・・だが、決定的に異なる点があった。

ヤカン、携帯コンロ、バーナー、チャッカマン・・・それと本。なぜ?と思うものがあった。


「なにきょろきょろしてんのよ」


「いや、別に・・・<我輩は猫である>?読むの?こんなの」


「触るな!」


冬月の手から本を奪うと大事な玩具を手にした子どもみたくぎゅっと抱きしめ、サヤは背を向けた。

 ガキじゃねぇか、と心の中でつっこみ、冬月は勝手に腰をおろさせてもらった。

 サヤも本やらなんやらかんやらを毛布の下に隠すと座り込み、ヤカンの水をがぶ飲みしはじめた。

 忘れられたようにコップが置いてあったが、サヤはそれに注ごうとかいう気はゼロらしい。


「・・・で、なんふぁいいくわぁんがえあんの?」


「水飲みながら話すなよ。

 ・・・ところでサヤってさ、洞窟ここでずっと暮らしてんの?」


関係ないね、とふんとサヤは鼻をならした。


「・・・そうね。気が付いたら屍食鬼みんながそばにいたわね、うん。

 小さいころはよく父さんの背中に乗って色んな場所にいったなぁ~」


目を細め、サヤは思い出の世界に浸りきっているようだった。


「父さん?」


ぽわわんとした雰囲気を漂わせ、サヤは遠くを見つめたまま口を開いた。


「アダム様に決まってるでしょ」


「ふうん・・・」


冬月にはそれしかいえなかった。

サヤが本心で言っているのか否か、そして父親アダムのことは言っても母親のことまで

言わないのは故意なのか。

 これ以上踏み込むと地雷を踏むどころの問題じゃなさそうだと冬月は判断した。


「アダム様と言えば、アルフさんと何はなしてたんだろうな?」


この話題も地雷だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 サヤのふわっとした笑顔は一瞬で曇った。それどころか土砂降りになった。


「【白い鴉】ジュピター様はアダム様の古いご友人でいらっしゃるの。

 穏健派のとてもお優しい方よ」


こんなどこにも怒りをかきたてるような内容の無い話なのに、サヤはみるみる不機嫌になっていく。


「だけど派閥の規模が小さくて戦士の数も少ないから、過激派に常に狙われててね」


「あぁ、つまりアルフさんはその道中護衛ってわけか・・・あ、もしかして護衛隊に入りたかったんじゃ」


話の腰を折ったことと、なにより図星だったこととが複雑に入り混じり、サヤの出した結論は

冬月を部屋から蹴り飛ばすことだった。

 その日、いくら冬月が誤ってもサヤは一言も口を聞いてくれなかった。



 












 

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