表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜を駆ける  作者: kuroyumi
7/8

派閥

 屍食鬼グール

 人類の天敵としてその名を馳せ、灰色の毛並みと飴色の目。ハイエナに酷似した形態を有する生物。

ちなみに雌のグールをグーラという。

 かれらの寝床を知ってしまったために軽い軟禁状態で生活をともにすることとなった高校生、

冬月氷善ひょうぜん

 最近は自分はグーラだと名乗る少女サラ、その従者的なグール、前足の先の毛が白いマエシロ、

かたっぽの耳がぺたっとたれてるぺタとともに人里におりて万引きにいそしんでいた。

 同じ町でやると待ち伏せさせるので、あちこちの町にくりだしては犯行を繰り返していた。

 どこぞの山の元防空壕を拠点としているので必然的にかなりの距離を歩くことになる。

 山伏のような生活(万引きを除けば)をしていると足腰も精神も鍛えられるもので

愚痴も文句も言っても無駄だと悟り、黙々と作業まんびきをこなせるようになった。

万引きといってもやってることはサヤがモノをかっぱらう時間稼ぎのために人目を引くだけなのだが。

 すさんだ生活だが、楽しみがないわけでもない。

 その1つが温泉。

 洞窟からしばらく歩くと、ふいに現われるそれはまさに秘湯だった。

 木立に囲まれ、マイナスイオン全開の雰囲気のなか月を眺め、のんびりと裂きイカを食べる・・・。

 冬月の至福の時。

 監視のマエシロとも裂きイカを分け合う仲になり、言葉こそ交わさないが呼吸が合うようになった。

 毎日の日課として今宵も浸かっていた。

 

「食べるか?」


目を細めて月を眺めていたマエシロに裂きイカを差し出すと、冬月の手をぺろっとなめ、マエシロは

イカを頬張る。冬月も裂きイカをもぐもぐと噛み、湯の温かさに浸りきっていた。

 温泉には入らずイカをくちゃくちゃと噛んでいたマエシロがふいに耳を立てた。

 飴色の目が木立の中に向けられたが、警戒の色は見受けられない。

 やがて現われたのはぺタだった。


「珍しいなお前も来るなんて」


マエシロと距離が近くなるにつれて、彼とよく行動をともにしているぺタの態度も軟化していった。

もしかしたら俺のことを話してるのかな?グールたちは仲間同士、横のつながりがとても強いからそれもありえるな、と冬月は思っていた。

 さすがに撫でるまでは恐くてできないが、グールの、身体を擦り付ける挨拶にもそれほど抵抗を

受けなくなっていた。

 だが、ぺタに続いて現われたサヤには驚かされた。

 サヤは露骨に眉をひそめた。


「なんでいるの」


疑問ではなく嘆き。ため息までついた。

 そんな言い方をされれば冬月もさすがにかちんとくる。


「ここは皆で共有する場だろ?いやならそっちが出てけ」


もっともだとマエシロがくっくとのどを鳴らす。


「俺は出る気ない。疲れてんだからな」


「はぁ!?あんたただ立ってるだけじゃない。な~にが疲れてるよ、案山子かかしのほうが

 よっぽど役に立つわ」


「あせって弁当落としたのはどこのだれっだけ?」


サヤの顔がか~っと赤くなる。

 今日、転んで、盗んだ商品の大半を落としてしまったのだ。


「いいわよ!入ってなさいよ!

 のぼせて死んでしまえ!」


言うや否や服を脱ぎ始めた。

 血が昇って赤くなったのがサヤなら血がひいて青ざめ、そして赤くなったのは冬月だった。

 不意打ちだったせいで目をそらす間がなかった。冬月は慌てて明後日のほうを向いたが

しばらく忘れられないであろう光景に心臓はパンク寸前にまで激しく動いた。

 なにしろサヤは、冬月のまだ十数年の短い人生の中で見ても飛びぬけて綺麗なだったからだ。湯でしっとりとなり、濡れ羽色に光る黒髪が湯面に漂う姿はどうしようもないほどの色気があった。白くて小さな肩が上下してるのはおそらく怒ってるから・・・だろう。

 こうなったら何を言っても悪態で返されるのは経験済みなので冬月も黙って湯に浸かってた。

 月明かりのもとで2人は沈黙を守り続けた。


「あのさぁ」


裂きイカをめぐってじゃれ合うマエシロとぺタを見、サヤのほうを向かないようにして

冬月はぽつっと切り出した。返事はないが沈黙を了承として続けた。


「俺はさ、しばらくグールとすごしてきたわけだけど、

 人を襲ったり・・・殺したりするとこ見たこと無いんだよね」


「・・・」


「もしかしてグールって人は喰わないんじゃないの?」


鹿や猪をがっつくのは何度か見た。しかし、人を食べるところは一度も見たことが無い。

 だけど、グールが人肉をむさぼり、食い漁る写真はTVで繰り返し放送されていた。

 合成はありえない。そんないたずらだったら政府が陸自を動かすわけも無い。

 だとするなら・・・俺の前だけやってないってだけの話なのか?


「期待を裏切って悪いけど・・・グールは人を襲うし食べるわ」


サヤの声は例によって耳に強く響いた。嘘をつく性格でないことがここ最近で分かってきただけに

頭に殴られたような衝撃が走った。

 彼女のさらりとした飾り気のない声には反論も疑問もはさめなかった。


「でもね」


言葉を選んでいるのか、サヤはしばらく口をつぐんだ。


「【灰色の十字架】一派は人を、襲わない・・・自分からはね」


「灰色の十字架?・・・アダム」


「さま」


「・・・アダムさまの一派はって、どういうこと!?」


思わず振り返るとお湯ではなく拳が飛んできた。

 

「グールは群れのリーダー・・・わたしたちでいえばアダム様率いる【灰色の十字架】ね・・・

 で、リーダーを中心にしてそれぞれの派閥を構成してるの」


へぇ、と言いながら鼻をさする。マエシロとぺタがオンオンと楽しげに吠えた。


「リーダーの方針と合わなければ出て行って勝手に新しい派閥を作ることもできる・・・けど

 だいたいは血を伴うわね。

 ある日、アダム様は人を襲うなと命令をだしたの。でも、ものすごい反発にあって・・・・・」


サヤのほうを見たわけではないが彼女の悔しさが手に触れられるほど濃厚になった。

 

「力でねじ伏せることもできたのに、アダム様は穏やかな方でおられるから・・・

 去るもの追わずで放っておいたの。

 だから少なくとも今の【灰色の十字架】一派は、人間のほうが攻撃してこない限り自分からは襲わない」


そういうことか。冬月は深く息を吐き出した。

 でも、アダム様が人間を襲うなって命令を出したのはやっぱりサヤが原因なのか?

 雌のグールだとサヤはいうけど、さっき・・・その、見た限りどう考えても彼女は人間だ。

とんがった耳も、尻尾もないし。

 

「・・・人間を積極的に猟奇的に襲ってるのは【蒼の棘】とか【赤い月】、【蠢く影】一派ね。

 どいつも!こいつも!元はアダム様に尻尾振ってた連中よ!!なのに・・・!!」


ばちゃ、ばちゃ、と力任せ湯を叩く音が響く。

 マエシロとぺタがくんくんと鼻を鳴らす。

 サヤは温泉の端に寄ると2匹をぎゅっと抱きしめた。


「・・・あいつらは出て行くときにアダム様に言ったのよ、《腰抜け》ってね。

 いつか思い知らせてやる。【灰色の十字架】がどれほど強いかを・・・!」


サヤの、声を詰まらせながらの吐露に冬月はただただ黙り込むしかできなかった。

 彼女の怒りと悔しさを生み出す原因の深部には何があるのか。

 それを直接聞けるほど、サヤと冬月の距離は近くはなかった。























 



 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ