表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜を駆ける  作者: kuroyumi
6/8

恥を拭って

「1つ聞きたい」


どれほど黙っていただろう。気が短かそうな少女さえ冬月のだんまりに付き合っていた。

 裸電球がじじっと音をたてる。


「なんで俺は生かさせることになったわけ?」


苦笑いさえ浮かんできた。

 少女は冬月から目をそらさない。そうすることで傷つくのは自分だと分かっているのに。

自分の判断で助けたが、それが招いたのは自由の無い生活。おれから羽をむしる行為だったんだから。


「あなたが逃げずに闘ったから、ね。わたしたちは特にそういうのを重んじるから。

 それと・・・生かしておいても敵とはなりえないってのも一因」


「余裕だねぇ」


へへっと笑うしかできない。

 

「串でぶすりで、まだ死ねない。

 そのまま焼かれてまだ死ねない、喰われもせずにそのまま放置。

 ・・・まさに蛇の生殺し」


「殺して欲しいわけ?」


挑発的な言い方ではなく、静かな湖畔の水面を思わせるつぶやきだった。

 冬月は下げた視線そのままにまた笑った。今度は自虐的な笑みだった。

ここで「うん」と言えば、実にあっさりと殺してくれるだろう。他のグールがなんと言おうが

彼女はそうするだろう。冬月のために、そして自分のために。


「死にたくない。どんな状況になっても」


少女は何も言わず。冬月も黙った。


・・・#・・・


冬月は旧日本軍の軍服とそして日本刀を携えて資材庫から出た。


「着替えたね、いくわよ」


外で腕組みをして待っていた少女がとんとんと前を歩く。

 その横には牧羊犬よろしくの従順さのグールが2匹。あの時の2匹だろうか?

 飴色の目で冬月をじろっとにらんだが、この間のような敵視した印象は受けなかった。


「ところでさ、名前なんていうの?」


「・・・この前足が白いのがマエシロ。

 こっちはぺタ・・・耳のかたっぽがぺたってたれてるでしょ?だから」


「・・・」


「・・・分かってるわよ。

 サヤ。それだけ。よけいなモンつけずに、そのまま呼び捨てていいから」


サヤはマエシロとぺタの頭を撫でる。

 2匹はよほどサヤに懐いているのか、彼女のまわりをぐるぐる回り尻尾を振る。

その一方で冬月にはこれみよがしに牙をむいたり、噛むつもりなのか時折ぐわっと口を開けたりした。

のこぎりのようなその歯を見て、殺されることはないとわかっていてもぞっとさせられた。

 一行は洞窟の外に出た。

 久しぶりに会った太陽に思わず冬月は目を細め、ん~っと伸びをした。

 2匹のグールも前足をぐっと前に出し、猫のように伸びをする。


「似たり寄ったりなことしてないで行くよ」


うんざりしたような声でサヤが呼ぶと、2匹はさっと彼女の元に寄り

冬月はその後ろからのっそりと付いて行った。


「何しにいくの?」


「食料調達」


枝葉を掻き分けながらサヤは振り向きもせずにあっさり言い放つ。

 冬月の足がぴたっと止まる。

 サヤが振り返った。


「人間だっていっつも肉喰ってるわけじゃないでしょ?

 わたしたちもそうよ」


にこっともせずにサヤは言うと、野いちごをちぎって口に運ぶ。

 冬月はほっと胸を撫で下ろし、ふうと息を吐くと、マエシロがなさけねぇなと言わんばかりに

オンッと吠えた。口元が血まみれなのは野うさぎかねずみでも喰ったからだろう。

 そう言いながらも人里に下りて来た時は、話が違うじゃねぇかと思わずサヤをにらんでしまった。

 冬月の地元の町ではないが、民家とスーパー、コンビニの並ぶそこそこにぎやかな場所。

 2人と2匹はちょうど町を見下ろす形で立っていた。

 サヤとマエシロ、ぺタはぼそぼそ何事か話してる。


「・・・あんたたちは見張りね。うん。遠巻きにでいいから」


サヤは2匹から手を放すと冬月に目を向けた。つーんとすました顔をしてる。

 冬月はいざとなれば刀を抜く覚悟でいた。


「何する気だよ!?

 こんな人がいるようなトコに降りてきて」


「しつこい!人狩りするわけじゃないっていってるでしょ!?」


イチゴ狩りみたいに言うな!


「あんたの仕事は、まちに、降りて、人目を、ひくこと!それだけ!」


もういいでしょと言わんばかりにくるっと背を向け、サヤは急な斜面をくだり降りて行った。。

 いらいらが頂点に達し、意地でも動くもんかと腕組みをしてどかっと腰を落とす。

 マエシロとぺタが飴色の目をぎらぎらさせ冬月を取り囲むが、ここは譲れない。

どんな状況でも人を狩るなんて絶対にしないし、できない。それが冬月の意志だった。


「・・・なんだよ」


鼻面でぐいぐい押してくる。


「落ちるだろ。止めろよ」


意外にも2匹はすっと引き下がった。

と、突然赤いマントに突進する猛牛のように体当たりをくらわせてきた。

 驚き、腰をあげようとするがそれよりも早く衝撃が身体を駆け抜ける。

 顔を上げたとき、ばちっと人と目が合った。

 いきなり坂から転がり降りてきた軍服姿の少年。注目を引くには十分すぎた。

 脱出のチャンスとも思えたがサヤの言葉が脳裏を駆ける。


【・・・あんたたちは見張りね】

 

背後からグールたちの尋常じゃない殺気をびりびり感じる。

 助けを呼ぼうものならのどを食いちぎられる。本能がそう告げた。

 冬月に出来たことは裾を破って巻きつけ、顔を隠すことだけだった。


「誰?撮影?」


「ね~あの刀って本物?」


「それ取ってよ。シャメ撮るから」


水面まちに落とされた水滴ふゆづきはあちこちにさざ波を起こし

ついには警察官まで出てくる始末だった。

 逃げなくては。冬月の刀を見てか、腰の拳銃に手を掛けてじりじり迫る警官の前に

引き際を計っていたその時、群集のはるか後ろで手に何かをかかえたサヤが見えた。

 冬月に一瞥するとサヤはさささっと走り去る。

 それを合図だと勝手に判断し、冬月は背後でうっそうと茂る山の中に身を投じた。

崖こそ急で登れないが、いつの間にか降りてきていたマエシロの付いて来いという視線を受け

後に続く。後ろから誰かが付いてきているかなど気にする余裕も無かった。

 どれだけ走っただろうか。


「何やってんのよ!」


というサヤの理不尽な怒りに言い返す気力が失せるほど疲れ果てていた。


「ぼーっと木みたいに突っ立って!刀振り回すとか奇声上げるとかできないの!?あんた」


サヤは袋をどさっと地面に落とし、中から弁当を取り出すとがつがつ食べ始めた。

マエシロ、ぺタも裂きイカとビーフジャーキーを器用に取り出してがっつく。

 万引きも犯罪は犯罪だけど人殺しじゃなくて良かった。

 冬月も弁当に手を伸ばすと、マエシロにがぶっと噛まれた。

 甘噛み、といっても血は出たし、情けない悲鳴をあげてしまった。

 サヤはふんっと鼻をならし、袋を冬月から遠ざける。冬月に分けようという気はまったくないらしい。


「明日もやるから。今度はもっと上手くやんなさいよ」


その言葉とともにドロップの缶が投げられた。

 それがこの日の彼の朝、昼、夜食になるなど、神様だって知らなかっただろう。



 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ