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夜を駆ける  作者: kuroyumi
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写真と勇気

 日本各地に屍食鬼グールと呼ばれる化け物が出現したのは今から10年前。

キッカケは連続猟奇殺人事件だった。

 死体は無残に荒らされ、残された骨は毒々しく白濁色に光っていたらしい。

 そんな事件が全国で相次ぎ、マスコミは警察の無能さをわめき、市民たちは身近にせまる死とスリルに狂気した。

 そんな時とある報道局にある写真が持ち込まれた。

 そこにうつるのは人間の身体に口を突っ込み、肉をあさるハイエナのような生き物の姿。

 複数体写っていたがどれも灰色の毛並みとのこぎりのようにならぶ歯を持っていた。

 あまりにまがまがしく、あまりに残虐な写真だったために持ち込んだ高校生が一時精神病院に

隔離されるという騒ぎまで起こった。

 このことが報道されると全国からその化け物の写真が送られ、ついに陸上自衛隊が

その生き物の撮影に成功したことで、人間の天敵として認定されることとなった。

 政府は陸、空の自衛隊を使ってその生物を探し、人海戦術での殲滅を目指し奮闘するが

いまだにぱっとした成果があがっていない。

 今の所しているのは陸自の歩兵隊による市民の安全の確保、それと

危険有りと判断した時には外出禁止令を出すことに留まっていた。

 ところが政府の思い通りに市民が動かないのは古代から現代に進歩しても同じらしい。

 特に若い世代はその傾向が強い。

 今、高校生たちの間で流行っているのは外出禁止令が発令された後

ケータイでもカメラでもいいが、外に出て屍食鬼の写真をとることだった。

 犠牲者は後を絶たないし、大人は馬鹿げてると言うが、

ゲームよりパソコンよりも生活にスリルと興奮を与えてくれる最高の”遊び”に夢中になった。

 高校生冬月氷善ひょうぜんもその1人だった。

 ケータイ片手に1人で夜の道を行く。仲間を連れずに1人でやるのが暗黙のルールだ。

 銃を手に物々しくあたりを見回す陸自を尻目に絶好のポジションへと向かう。

 目指すは、廃寺。

 もし、屍食鬼の寝床を見つけたら、写真はTV局。情報は自衛隊でいい小遣い稼ぎになる。

隣町の高校生がとった写真をある新聞社が10万で買い取った話は藁に火が燃え移るよりも早く広がった。自衛隊も屍食鬼の住処を報告すれば報奨金を出す、と市民をたき付けるようなことを言ってる。

 住職の失踪した寺は誰にも見向きされず、無様な姿をさらしていた。

昼間でも足ばやになる場所。夜、しかも人を襲う化け物がいるとなればなおさら・・・。

 時折吹く風は死神の息吹のように生暖かい。

 冬月は身を低くし、息を殺して横になった。

 腹から冷気がぞわっと伝わってくる。ケータイの準備を万全にして目を皿にしあたりを見回す。

 張り込みの刑事よろしく奮闘してみたが屍食鬼どころか猫一匹でてこない。

 明日の学校のことと寒さが思考に割り込んでき始める。

 そろそろ引き上げるか。そう決めて腰を上げようとした時、突如銃声がとどろいた。

 眠くなった頭を覚ます音。そして危険グールが近くにいるという証拠。

 冬月は再び横になった。学校も寒さも、加えて自分の身の安全さえ頭から転がり落ちた。

ケータイを握り締め、眼球が飛び出るほど目を開く。

 心臓が必要以上の血液を送り出し、唇が砂漠のようにカラカラになる。

 さっと何かが視界の端に飛び込んできた。

 来た。

 ボタンに力を込めようとしたが、ぴたっと止めた。

 はっ、はっ、と荒い息を吐き、石畳の上でうめき声をあげるのは人間だったから。

その姿を見て初めて冬月は自分がその時まで息を止めていたことに気づいた。

 ケータイを片手に駆け寄り、大丈夫ですか?と声を掛ける。

大丈夫なわけもないがそう聞かずにはいられないのが人のさがなのだろう。

 腕を押さえ、うめきながらも立ち上がろうとするその人はなんと少女だった。

 元の色はともかく、赤黒く染まるその服はずたずた。下はショートパンツというラフな格好だった。

 冬月は自分の手に負える事態じゃないことを悟り、陸自を呼ぼうと振り返り口を開いた瞬間

目の前には無数の光の点が・・・点じゃない目だ。

 血の気が引くという言葉の意味を体感した瞬間であり、最後の瞬間でもあった。

 屍食鬼の群れがむせかえるよだれの匂いと死を匂いを振りまいていた。

 冬月の開いた口からもれでるのは精気のない、ただただ荒いだけの息。

 彼を正気に戻したのは自分の背後で、同じく死を待つ少女の息遣いだった。

 死を前にして冬月の、男としての意地が目覚めた。

 冬月はケータイを屍食鬼に投げつけると、棒を拾い上げ少女の前に立ちふさがった。

 高校生活で無駄としか思えなかった剣道の授業が神々しく思えた。たとえ死をほんのわずかしか伸ばせないわるあがきだとしても、だ。冬月はそれにすがるしかなかった。

 棒を振り上げ先に待つ運命を跳ね飛ばすように叫び声をあげようとした時

背後から口をふさがれ、首に温かいなにかが巻きついた。

 それが少女の腕だと気づいたのと、冬月の意識が断ち切られたのは同時だった。

 死神が腕を広げた。優しく、死という抱擁をかわすために。



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