誰も信じてくれない
勉強を真面目にこなせば両親は喜ぶ。
それは尊敬する姉の沙耶も同じだ。
僕は黒縫裄、市内の公立中学校に通う中学二年生だ。
「裄ってば勉強は出来るんだけど、変なことを言うのよね」
二つ離れた姉は僕に毎回そう言う、僕が一言二言目には必ず「お金を貸して」と言うからだ。
お金、お金がなければ何も始まらない、何も出来ない。
僕は弱い、無力な人間だ。
お金があれば、いいのに。
「クジラは空を飛んでて、重力を扱えるんだ。だから対抗するには質量ではなく、その場から離れて観察すること。師匠は観察することが大事だって言ってた」
僕がそうクラスメイトの女子に話すと、決まって神崎詩織はこう言った。
「なんであんたみたいなのが私の近くにいるの」
「それは僕もそう思う」
彼女は昔から知っている、幼馴染だ。
こんな話を聞いてくれるのはこの神崎詩織しかいないのだが、うざがられてそれで終わりだ。
ただ僕の成績は良い。
無駄に勉強が出来るせいか、聞かれた問題はすぐ答えるせいか、分からないところはすぐ教えるせいか、上手く彼女に利用されている、そんな気がする。
僕の視た未来は確定している。
まず地球の地軸は公転面に対して23.4度傾いている。
これがズレる。
未来では地軸が三つある。一つは公転面に対して23.4度傾いた地軸、一つは約90度傾いた地軸、そしてもう一つは60度傾いた地軸だ。
非科学的だろう。
ちょっと僕もよく分からないが、未来ではそうなる。
そう、実際に起きる未来を目の当たりにしても地軸が何故そうなったのか僕の頭では理解も出来ないし、説明も出来ないんだ。
こんなことを説明しても誰かに分かって貰うことが出来ないことは僕も分かってる。
でも、話しておくべきだと思うんだ。
どうなるのかなんて分からないけど、自分の目に見える範囲の人間は救いたい、ただそれだけなんだ。
僕は未来のことをEVOLUTIAと示した。
生物は進化するんだ。
三つの地軸は地球をめちゃくちゃにする。
空飛ぶクジラ、人語を話すイルカ、人を補食する虫、そして魔法と呼ばれる不思議な力、超能力と呼ばれる人体の限界を越えた力。
人類は約1/10までその総人口を減らす。
環境に適応出来る生物はそれぞれ限られていたんだ。
なんて言っても誰も信じてはくれない。
中二病なんて言われるけど、僕は病気じゃない。
僕は正気だ。
この手元にある日記帳に、確定した未来の記憶を記そうと思う。
地軸が三つに分かれて、まず起こることが植物の変化だ。
植物はあらゆる可能性を示してしまう、人類の大半はまずこの植物の変化によって減ってしまう。
昨日食べられてた植物が、次の日には人間に対して猛威を振るうのだ。
そして徐々に小さな生物が変化していく。
その変化に耐えられない生物は本来の姿とは全く異なる姿で動かなくなる。
それらもまた人間には厳しい。
食べられる肉なのか何なのか分からなくなるからだ。
それら植物や動物を取り込んで死ななかった人間から変化していく。
元々人間だけど、小さくなったり美形になったり、毛深くなったりする。
そう、亜人だ。
彼らは環境に適応して、それぞれが特殊で高度な文明を発展させる。
次に機械達だ。
彼等は人間が支配するこの惑星を次に支配する。
コアと呼ばれる核が人間と機械を分けるものになる。
僕が住む地域は二日に一度は環境が大きく変化していく。
変わらない日常を過ごそうとしても、変化は押し寄せるんだ。
「なんでいつもそんなに変なの?」
僕の訴えに負け始めたのはやっぱり幼馴染の神崎詩織だった。
「昔はそうじゃなかったのに」
「未来が視えるまでは何も知らなかったからね」
唐突に舌打ちが聞こえる。
「女の子が舌打ちはだめだよ。特に未来ではもっとだめだ、舌打ちが出す特定の周波数がある種の小型生物を大量に引き寄せるんだけど、より攻撃的に興奮しているんだ」
これは仕組みがよく分からない、人間の口腔内で発する音に対してその生物が適応したのかもわからない。
進化、そう進化したんだ、としか言いようがない。
「はぁ、嘆いた私が悪かったわ」
詩織は僕の話を聞かずにどこかに逃げるように行ってしまった。
覚えていてくれればそれでいい、きっと何処かで聞いていて覚えているんだろうと思う。
僕が視た未来に僕はいないのだから。
僕は使えるお金を全部使って、大量の物資を自分の家の物置に隠した。
「水と食料と」
「ちょっと裄」
沙耶姉さんに一部始終を見られてしまった。
「姉さん」
「さっきお母さんが財布を落としたって言ってたよ」
母の財布は僕が持っている。お金を使うためだ、お金がなければ物資は揃えられない。
「そう」
僕はそう言って物置をそっと閉じた。
きっと姉にはバレている。
「どうしても水と食料を備えておきたいんだ」
沙耶姉さんは僕が盗った母の財布を取り出して、大きな溜息を吐く。
「お母さん、借金してるんだって。私達の学費が払えなくなったから」
「そう」
今が大事な人間にとって借金はいい、借りるだけ借りられて未来は崩壊する。
「もうこんなことしないで」
そう言って沙耶姉さんは母の財布を持って行ってしまった。
殴られたり、叩かれたりしなかっただけマシか、と僕は胸を撫で下ろした。
物資は三か月分ある、三か月もあれば乗り切れる。
「大丈夫」
僕はそう言って物置に手を置いた。
この物資は僕自身のために使われるものではない。
今から物語の主人公が「未来を視た」と言ってのたうち回った結果の話をしよう。
僕は死ぬ。
あれだけ家族に、幼馴染に、友人に、クラスメイトに、教師に、散々未来のことを語っておきながら僕は呆気なく死ぬのだ。
未来とは、決定事項だ。
進化は緩やかに行われる。
人間は数を減らしながら進化に適応する。
僕自身もその進化に含まれるが、他の個体とは違って進化の速度が急激に始まる。
身体に大きな異物が出来た時、その異物が僕を乗っ取って進化が行われる。
僕は進化を受け入れたのだ。
そして僕は、自身の進化に耐え切れずに事切れてしまう。
僕が生きている間は、僕を誰も信じてはくれない。
黒縫裄という人間の進化は、確定した未来を演算する超能力を獲得する。
言わば未来視である。
それらは視るだけであって、僕は僕自身の死を変えられない未来で遂げることになる。
ただ、この物置に隠した物資をここに置いておけば。
さっき僕を見つけた沙耶姉さんが、空腹と喉の渇きでどうしようもない時にここに来る。
「ふふふ」
沙耶姉さんは助かるんだ。
これを安堵と共に笑わない弟がいるだろうか。
この後、しっかり沙耶姉さんが母に報告して、僕は母から怒られた。
母が言うには「大災害なんてそうそう起こらない」だそうだ。
僕も起こらなければいいのにな、なんて考える。
次の日、僕はクラスメイトの神崎詩織に唐突に説明する。
「大きなクジラはね」
「人語を話すイルカは」
「あの蟷螂は」
流石にグーで殴られた。
そりゃそうだろうと僕も思う、それ以上の暴力が起きないように神崎詩織と僕の間にクラスメイトの男女が入る。
「あーあ、鼻血が出てるな、ティッシュいるか?」
男子の方は背丈が高く、成長著しい筋肉質の体型に見合わぬ穏やかな顔をした鴻上慎二だ。ちょっと女子にもモテる。
「あ、ああ、慎二君。ありがとう」
女子に的確な拳を顔面に打ち込まれた僕は既にノックアウト寸前だ、幼馴染の神崎詩織は強い。
神崎詩織を庇って前に出た女の子の方は、とにかく華奢だが、人一倍勇気のある三上遥は僕に怯えている。
「お前もほどほどにしとけよ」
鴻上慎二にそう言われながら僕は貰ったティッシュで鼻血を拭く。
二人は僕と神崎詩織の様子を近くで見ている数少ない友人だ、聞いていない素振りを見せているが僕の言う事はちゃんと覚えている。
きっと大丈夫だろうと、僕は鼻血を拭く。
どうして神崎詩織にここまで拒絶されながら未来の事を説明するのかというと、彼女がすっかり僕の言ったことを忘れてわざわざ見えている虎の尾を踏んでしまうからだ。
わざわざ殴られに行くなんてそういう変態が居たら逆に僕が幼馴染を守りたいが、そうも上手く事は運べない。
「誰も信じてくれない……」
僕はそう呟いてその場を後にした。
まあ、やれることはある。そんな風に自分に言い聞かせて、準備を進めるしかない。
人間は進化する。
前置きはここまでにして、これからのことを皆に説明しようと思う。




