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貧血
引き戸を開ける。水蒸気が洗面を曇らせる。この空気を二階に持って行けたのならば無駄に高い加湿器など買う必要などなかったのに。
身体を拭くべく、バスタオルに手を伸ばす。するとふわっ__寝起きのような、マラソンを走っている時のような。
ぼやける視界だが、それとは対照的に思考はクリア。自分が逆上せていることに気が付いている。帰宅後の心のもやもや。それが物理的にシャットダウンされる。結果の出ない仕事、もうすぐ式を挙げる友人、ストックの切れそうな薬、母の小言。
気は遠くなるが、私の生存本能は何とか洗面台を掴んだ。倒れはしない。少し頭を振り、呼吸を整える。絞られたレンズが開き、顔に熱が戻る。私の頭には何も居座らない。何か浮かんでもシャボン玉のようにすぎに消えていく。
鏡に映る自分を見る。無__。好きなことをしている時の口角も、憂鬱とともに深くなる皺もそこにはない。倒れそうになる刹那、解脱が現れる。
服を着て洗面台の棚を開ける。化粧水、乳液。パック__。深くため息をつき、私は日常に戻る。




