第9話
春田は、現場に向かう途中からずっとワクワクしていた。今日は「侵入経路が不明な事件」だと聞いたのだ。つまり――ドラマでよく見る“鑑識が現場を見て『これはプロの犯行だ』と言う名シーン”ができるはずである。
「よし……今日は絶対に“プロの犯行だ”を決めるぞ」
春田は、ドラマで見た“腕を組んで渋く言い切るポーズ”を練習していた。そこへ、黒江の低い声が落ちる。
「新人。今日も儀式か」
「い、いや、これは……その……」
「プロの犯行と言う気満々の顔だな」
図星だった。
現場に着くと、窓ガラスは綺麗に外され、鍵穴には傷一つない。室内は荒らされているが、妙に整っている部分もある。春田は目を輝かせた。
「先輩!これは……プロの犯行ですよね!絶対に!」
「言わない」
黒江は即答した。
「えっ……いや、でもこの侵入の仕方……」
「侵入の仕方だけで“プロ”かどうかはわからん」
「じゃあ、この荒らし方の丁寧さから……」
「丁寧な素人もいる」
「じゃあ、この痕跡の少なさから……」
「痕跡を残さない素人もいる」
春田は完全に困惑した。
「先輩……じゃあ鑑識って……“プロの犯行だ”って言わないんですか?」
「言わない」
黒江は淡々と言った。
「“プロの犯行”は推測だ。鑑識は推測を言わない。言っていいのは“あったもの”だけだ」
春田は納得できない。
「でも……“プロの犯行だ”って、かっこいいじゃないですか」
「かっこよさで仕事を選ぶな」
黒江は続ける。
「“プロの犯行”と言った瞬間、捜査の方向が決まる。方向が決まると、見たいものだけを見るようになる。見たいものだけ見れば、真実から遠ざかる」
春田は息を呑んだ。
「じゃあ……“プロの犯行”って言うのは……」
「責任が重すぎる。鑑識が軽々しく言っていい言葉じゃない」
黒江は床に落ちた小さな金属片をピンセットでつまみ上げた。
「ほら。こういうやつだ。プロかどうかより、まずは“何があったか”だ」
春田は黙り込んだ。
「でも……プロの犯行って言うと、なんか事件が一気に動く感じが……」
「動くよ。間違った方向に」
黒江は即答した。
「いいか新人。“プロの犯行”は派手だ。だが、派手な言葉は事件を壊す。地味な事実は事件を動かす。動かすのは派手な言葉じゃない。地味な積み重ねだ」
春田は胸が熱くなった。
「じゃあ……鑑識って、事件の方向を決めないんですか?」
「決めない。決めるのは刑事だ。鑑識は“方向を狭めないために”地味に拾う」
春田は深く息を吸った。
「先輩」
「なんだ」
「“プロの犯行”って……地味じゃないですね」
「地味じゃないよ」
「でも……地味の方が、強いですね」
黒江はわずかに口角を上げた。
「気づいたか。“プロの犯行”は派手だ。だが、派手な言葉はすぐ壊れる。地味な事実は残る。残るから、真実に近づける」
春田は現場を見渡した。
さっきまで“プロの犯行”に見えていたものが、
今は“ただの事実の積み重ね”に見えた。
「……先輩。俺、“プロの犯行”と言わない鑑識になりたいです」
「言ったな。じゃあ今日から、“言わない勇気”を覚えろ」
春田は思わず笑った。
言わないことが仕事になるなんて、思ってもみなかった。
そして今日もまた、地味のプロへの一歩が静かに積み重なっていく。




