表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先輩、コロシです!ver.2 鑑識編  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/11

第5話

春田は、現場に向かう途中からずっと手袋をいじっていた。今日は「遺留品が多い現場」だと聞いたのだ。つまり――ドラマでよく見る“遺留品を手に取って『これは……!』と言う名シーン”ができるはずである。


「よし……今日は絶対に“これは……!”を決めるぞ」


春田は手袋をつけたり外したりしながら、ドラマで見た“遺留品を持ち上げて目を細めるポーズ”を練習していた。そこへ、黒江の低い声が落ちる。


「新人。今日は何の儀式だ」


「い、いや、これは……その……」


「遺留品を触る気満々の顔だな」


図星だった。


現場に入ると、机の上に財布、床に落ちたペン、破れた封筒、スマホ、鍵束……と、いかにも“触りたくなる物”が散乱していた。


春田は目を輝かせる。


「先輩!これ、絶対に何かの手がかりですよね!まずはこの財布を――」


「触るな」


黒江は即答した。


「えっ……いや、でも手袋してますし……」


「手袋してても触るな。順番がある」


「順番……?」


「そうだ。触る順番、採る順番、袋に入れる順番。全部決まってる。順番を間違えたら証拠価値が落ちる」


春田は固まった。


「じゃあ……このスマホを――」


「触るな」


「じゃあ、この鍵束を――」


「触るな」


「じゃあ、この封筒を――」


「触るなと言ってるだろう」


春田は完全に困惑した。


「先輩……触らないと何も始まらないじゃないですか」


「触らないから始まるんだよ」


黒江は淡々と続ける。


「遺留品はな、“触る前”が一番価値がある。触った瞬間、価値は落ちる。だから、触る前に全部見て、全部考えて、全部順番を決める」


春田は目を丸くした。


「じゃあ……ドラマみたいに“これは……!”って持ち上げるのは……」


「最悪だ。あれは証拠価値を自分で壊してる」


「壊してる……」


「そうだ。仕事ってのはな、“触りたい気持ち”より“触らない勇気”が必要なんだ」


春田は黙り込んだ。


黒江は散乱した物を前に、しゃがみ込んで静かに観察を始めた。


「新人。お前は“触ること”が仕事だと思ってるだろ」


「……はい」


「違う。“触る前に考えること”が仕事だ」


春田は息を呑んだ。


「触る前に……考える……」


「そうだ。触ったら戻れない。だから、触る前に全部決める。触る前に勝負がついてる。鑑識の仕事は“触る前”が9割だ」


春田は散乱した物を見つめた。

さっきまで“触りたい物”にしか見えなかったものが、

今は“触ってはいけない物”に見えた。


「先輩……じゃあ、触るのって……」


「最後だ。最後の最後だ。触るのは“確かめるため”じゃない。“確定するため”だ」


春田は深く息を吸った。


「でも……触らないって、難しいですね」


「難しいよ。だから仕事なんだ」


黒江はピンセットで小さな紙片をつまみ上げた。


「ほら。こういうやつだ。触りたい気持ちを抑えて、順番を守って、地味に積み重ねる。そういう仕事が、事件を動かす」


春田は胸が熱くなった。


「先輩」


「なんだ」


「遺留品って……地味ですね」


「地味だよ」


「でも……地味って、強いですね」


黒江はわずかに口角を上げた。


「気づいたか。地味は強い。派手はすぐ壊れる。地味は残る。残るから、真実に近づける」


春田は散乱した物をもう一度見つめた。

触りたい気持ちが、少しだけ静まった。


「……先輩。俺、触る前に考えられる鑑識になりたいです」


「言ったな。じゃあ今日から、“触らない勇気”を覚えろ」


春田は思わず笑った。

触らないことが仕事になるなんて、思ってもみなかった。


そして今日もまた、地味のプロへの一歩が静かに積み重なっていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ