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36 フランス映画の鑑賞方法

・・・そう……恋ってレシピでできているのよ、ニイナ。お砂糖たっぷり、ふくらまし粉も忘れずに、ボールに入れてかき混ぜ捏ねてステキな型で抜いたらオーブンに入れて……ようやくあなた好みの甘いクッキーの出来上がり・・・



 主照明の落ちた部屋に、スタンドライトの橙色の明かりだけがグラデーションになって影を描く。隣りの端正な顔をスクリーンのように明滅させているのは、ディスプレイから映し出される青白い光だ。

 ハーフらしい透明感ある肌質、目元の黒子。モデルが更に化粧をしてやっと作り出すような、これが“地”だから嫉妬すら覚える。

 


 ――家に呼んで照明落としてソファでフランス映画でも見て置けばあとは流れに身を任せればOK! 夜なのにコーヒーでも出せば寝かせない(、、、、、)って感じでなお良し。グッドラック!



 茜に言われたからって訳じゃないけど。

 でもフランス映画ってどうも起承転結がいまいち……言い回しもなんだか抽象的だし……これはどういう話なのかしら。


 彼の横顔は無表情だが真剣で、やはり同様の感想ながら理解に努めているようだ。相変わらず真面目ね、彼は。と少し可笑しくなる。


 ――しかし、しばらくして友人の言わんとした事が分かった。

 男女の濃厚なキスのアップ、ベッドシーン……

 これじゃ誤解される……私が欲求不満で、まるで誘ってるみたいじゃない。


「こ……ここはいいわよね」


 リモコンに手を伸ばすと、そっと手が重なって止められた。

 彼は特に表情も変えず画面を見ている。

 ――そうね、作品なんだから……私だけが意識し過ぎて、かえって恥ずかしいわ。

 

 エンドロールが流れる。何事もなく見終えた。何事もなく、て当然なんだけど。


「アップルパイを焼いたのだけど、食べる?」 

「勿論。ありがとう」


 くしゃっと子供のように崩した笑顔が可愛い。用意をしていて良かった。甘いものは好んで食べないけど、好きになったと言ってくれたシナモンのきいたアップルパイ。――別に、お茶を出す口実に作った訳じゃない。

 茜の馬鹿。

 もういいわ、そういうの本当に全然どうでもいいし。

 切り分けたアップルパイをオーブントースターで軽く焼き直し、野苺が描かれた白いお皿に出す。バニラ・アイスクリームも添えて。

 ――それに後はお皿とお揃いのカップを取り出して、


「紅茶と、こ…コーヒー、どっちにする?」

「ああ、じゃあコーヒーを」


 かちゃん

 取手を摘む指が滑ってカップが落ちる――のを彼が受け止めた。


「――俺が淹れるから、座ってて」


ホットコーヒーの香りが、慰めるように鼻腔をくすぐる。


「結構面白いな」

「え?」

「この映画。心情が些細な会話や動作で描写されていて。注意深く観ないといけないのがリアルだよな」

「え、ええ……そうね。私も、友人に勧められて初めて見たの」


 茜に変なことを言われなければ、私も純粋に映画を楽しめたと思うと口惜しい。


「葉那も初めてだったのか。実は俺、中盤迄よく分からなくて焦った。芸術センスがないと思われると思って」


 彼は屈託なく笑う。


「……よくなったわ、服のセンスも」

「前は悪かった?」

「悪いも何も、いつも同じシャツとズボンじゃない。評価のしようもないわ」

「そうだったな」と彼は苦笑いした。


 カップが空になった後、変な間を作りたくなくてキッチンに引っ込んだ。いつもより時間を掛けて洗っていると、ジャケットを羽織る姿が見えた。


「――もう帰るの?」

「ああ。仕事終わりに時間を作ってくれてありがとう」

「そうね」

「葉那?」


 傍まで来た彼が伺うように覗き込み、そっけない返事をしてしまったと気づく。


「もう、遅いものね……気を遣ってくれてありがとう。今日はもう帰って」


 押し出すように玄関まで見送った。


「葉那、週末に予定を空けてくれないか?」

「考えておくわ」

 

 真剣な様子の彼にいい加減な返事をして、扉を閉めた。ソファに座って何故だか虚無感に襲われる。


「……」

 

 ――面白い(、、、)


 癪な気持ちになって、映像をもう一度始めから再生する。芸術作品を、彼に理解できて私にできないなんてことがあるかしら。

 全然頭に入らなかった。それどころか、ところどころ直視できずに画面から目を背けまでして。

 

 男女が舌を絡め合う。はたから見るとこんな風なんだ……音は聞こえてくるこの何倍もきっと耳の中で増幅されていて……


 やっぱり気が逸れる。

 こんなのただの描写の一つ……“注意深く観れば男女の繊細な心情が表現され”て――こんなに具体的に必要? ああもういや。

 プツンとディスプレイの電源を切った。刻むオーディオのデジタル数字はそのままに。邪魔はしないから勝手にしていればいい。


 彼には何でもないことなのに、自分だけ意識してしまって馬鹿みたい。

 アザラシのぬいぐるみに当たって、むぎゅ、と引っ張った。


「霧崎君のくせに……」


 頬を叩いた日からひと月近く経つ。

 あれからあからさまに会う頻度は減っている。確かに叩いたのはよくなかったけれど……以前は人の都合なんて考えず毎日の様に会いに来ていたのに。


 こんなに簡単に冷めてしまうものなの

 こんなに翻弄されないといけないの

 ――もう傷付きたくないのに

 

 ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。


【ごめんなさい。週末は予定があったわ】


 メッセージで一方的に断った。

 すぐさま着信が入るのでやむなく受ける。


『夕食は一緒に取れないか?――話したいことがある』

「……いいわ」

『ありがとう。おやすみ、葉那』


 用件だけで切れた携帯電話をベットに放った。


 誘われなくなった理由

 覚えのある片想いの感覚


 ――話したいこと。


 もしそう(、、)だって、分かっていたことじゃない。


 でも失うかもしれないと思った途端に

 こんなに乞いしくなるなんて


 どうして私はこんなに未練がましいのかしら

 せめてもう一度貴方を憶えておきたいなんて


 

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