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20 ラスト・デート

 ◆◆◆◆


「……恋人ごっこにぴったりね」


 開けたテーマパークを見渡して、葉那はふふ、と笑う。

 いつか行きたいと言っていた。半分は話をはぐらかす為の咄嗟の嘘だったかもしれないが、彼女は読めない振り(、、)をするだけで、そこには“本当”が織り交じっている。

 それでも今まで誘えなかったのは、その半分が「好きな人と」だと分かっていたからだ。断れない形で誘い出してしまったことを後めたく思いながら、僅かながら期待をしている自分もいた。

 ――最後だと言う彼女の本当と嘘を確かめたい。

 いつもより少し嵩張る鞄の重さに妙に緊張しながら、かしこまって挨拶する。


「付き合ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


 葉那の方は紅茶を淹れてくれた時の調子と変わらない。

 指を絡めると拒まれる事はなくそのまま手を繋いだ。彼女のポーチのサイズもいつもと変わらないが、ただいつもの色使いには珍しい、真っ白なワンピースを着ていた。


「葉那、乗りたいものあるか?」

「特にないわ……面白いからぶらぶら歩かない?」

「俺もそう思ってた」

「何で来たか分からないわね」

「おとぎの国だからさ……今日が最後っていうのは忘れようぜ」

「忘れたって変わらないけどね」


 アニメーションから飛び出たようなデザインの建物や着ぐるみのキャラクターが大げさな身振り手振りをして、道行く人たちは皆心から楽しんでいるようだ。


「ちょっと私たちって場違いね。あそこに入らない?」


 葉那が示したのは海賊をテーマとした「海上」レストランで、薄暗くてやや不気味な空間の中に対照的に華やかなテーブルセットやランプが(しつら)えてあった。時間帯のせいか人も少ない。       


「中々雰囲気あるじゃない?」  


 葉那が微笑むなら何でもいい。

 子供向けではない、本格レストランさながらの料理でアルコールの提供もある。


「こういう場所もあるんだな」

「若いカップル向けかしら。色々企業戦略があるのね」


 コース形式の料理は次々と運ばれて、取り留めない事を話していただけでもうデザートになる。徐々に他のテーブルも埋まって混み出した。すぐに出ることになるだろう。時計を見れば思った以上に針は文字盤を進んでいる。どんどん“期限”に近付いていく。


 それから当てもなく歩いて、比較的待ち時間のないアトラクションを試した。乗っている時間は僅かだがその間は非日常的で、現実の時は止まりそして降りると同時に動き出すようだった。

 水底を移動している設定。宇宙人まで出て来るので葉那は可笑しそうに笑っていた。遺跡探検を模したアドベンチャー。小さな頃見た映画だと言って、懐かしがっていた。シリーズが好きで幼い頃は考古学者を夢見たりもしたそうだ。自分も忘れていたが観た記憶はあり、同じようになんだかすごく好きだったような気になった。


 殆どはただパークの中を見歩くばかりだった。チュロスを買って食べると、こういう風に歩きながら食べるのは初めてと言った。本当に箱入り娘なんだな。


 結婚やそれを前提とした付き合いとなると取り付く島もないのはもしかして家の事情もあるのかもしれない。自分を本家の長女だと意識していて、今の仕事に就いている事すら人生で初めての我侭わがままらしい。親は当然婿を取りたくて家に戻るのが前提だ。舞や華に茶も、家元を継げるだけの才女は一族でも彼女をおいて他にいない。


 ――大学の研究職だなんてやっぱり遊んでいると思われるんだろうな。


 俺は家を継げるような器の人間じゃないし、葉那もそう思っているだろう。父親からもその期待を掛けられることは一度もなかった。


「霧崎君?」  


 化粧室から戻って来た葉那が顔を覗き込んだ。

「大丈夫? 何か具合が悪そうだけど……日も暮れて来たし帰りましょうか」

「まだ」と思わず手を握った。「遅くならないうちに帰すから、」

「私は構わないけれど」


 それでも当てのない進行方向は出口へ向いているのを感じながら、暗くなり始めた道を歩く。明るい光を漏らす土産店が目に留まり、葉那の横顔をちらりと見た。特に興味は無さそうだった。が、俺が少し立ち止まったせいか「見ていく?」と笑顔を作る。さっきから気を使わせている気がする。情けなく思いながらも、進む時間に追いつけなかった。


 葉那が一つのキーホルダーに目を留めていた。小さな透明色の靴が本物のガラスで細工されている。奇麗で繊細な感じがした。


「葉那に似合っている」

(友人)にお土産にしようかと思って。彼女、そういうの好きだから」


 (つま)み上げると、どことなく困り笑いをしてやんわりと拒まれた。


「貴方も……これなんか、お母様にどうかしら」


 示された指先ではキャラクターのチェシャ猫がふわふわとした飾りになってぶら下がっていた。多分こんなのをやったら跳ねて喜んでずっとその話ばかり訊いてきて、面倒だ。


「お前、俺の母親嫌いだろ」

「あら、そうだったわね」


 葉那は読めない微笑をして手を戻す。

 

 隣のカップルは何か楽しそうに選んでいて、棚にはペアのマグカップが幾つも置いてあった。並べてあるのも、離れてもつがいに使うのも仲睦(なかむつ)まじそうだ。見ていると「いらないからね、」とはっきりと釘を刺された。

 葉那はそれ以上土産に興味を示さず手持ち無沙汰そうだったので、結局何も買わずにそこを後にした。

 

 園の中心にそびえ立つ城から脇道にそれる。パレードの陽気な音楽がどこからともなく聞こえて来て、でも人のざわめきからは遠く人影はなかった。小人達の石像に囲まれた井戸のほとりで立ち止まる。


「葉那」


 ゆっくりと唇を合わせる。

 最後だなんてまるで現実味が無いのは受け入れることを拒否しているからだろうか。同じ家に帰って同じベッドで目が覚める、連綿と続いて来た日常がぷつりと(はさみ)を入れたように途切れる。張られた糸の一方は何処かに続いていくが、切り捨てられたもう一方はそこに垂れたままどこに繋がることもない。


 あの日もし衝動のまま唇を重ねたりしなければ、この関係も別れも無かったものだ。今も自分の行動次第で何か変わるだろうか。それともどう足掻こうと始めから決められた、おとぎ話のこれが最後のページなのか。

 ぐ、と肩を掴む手に力が入ってしまったのを、乱暴だったと言う言葉を思い出して緩め背中に回す。


「帰したくない」


 腕の中に呟いた。反応はない。

「葉那、好きだ」

「……」

 沈黙を続ける彼女の表情が見える分だけ離す。

「葉那は? 葉那の気持ちを聞きたい」

「私は……」重たげに口を開く。初めは小さくかすれてそれからはっきりと。


「――嫌いじゃないわ。でもやっぱり遊び(、、)なの。ごめんなさい」


「……分かった」


 分かっていた答えだった。鞄から手のひらに収まるケースを取り出して開く。


「今日迄付き合ってくれたお礼に……葉那に似合うと思う」


 彼女は微動だにせず環の上で輝くダイヤモンドを見詰めていた。


「ペアリングでしょ? これ……受け取れないわ」

「こっちは捨てるから。ただのプレゼントとして」


 もう一つ差し込まれていた無装飾の指輪を井戸に放る。一瞬だけ水面を揺らす音が聞こえて静まった。

 柔らかな手を取り、薬指を避けて差し入れる。


「受け取ってほしい」

「……」 


 暫し手を見つめている。ほっそりした綺麗な指に透明の光を閉じ込め煌めいて、とても美しく見えた。ショーケースの中では無機質だったのに、まるで持ち主に出会って生命を持ったような輝きだった。

 しかし彼女は何も言わずに、井戸の真上へ手を差し出して傾ける。

 するりと指輪が抜けて

 ぴちゃん、とどこか遠くで音がした。



「さようなら」


 

 どこかで振り返ってくれるかもしれないと、暗闇に染まっていく白いワンピースを最後までずっと眺めていた。



 これが俺と彼女との、恋人契約の終わりだった。




二章 契約期限/了

………………………

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