episode 070
音を立てない様に、書類棚の隅にもぐり込んだ2人は、息を顰める。
秋希の顔色は回復していないが、ただならぬ気配を察したらしく、必死に身体を縮めていた。
(念のため施錠しておいたが、相手が拝島ならアウトだ)
部屋の当主が帰って来た場合の言い訳が、春都の頭の中を何パターンか駆けめぐる。
最悪の事も考えた彼は、左手に嵌めた小型通信機をオンにした。
研究室前の通路を、カツカツという靴音が近付いて来る。
このまま通りすぎてくれ、という春都の願いも虚しく、その音は丁度ドアの前で立ち止まった。
続いて、ガチャガチャとドアノブが回される音がする。
(駄目か……)
全身の毛が、一気に総毛立つ。
ターン錠のつまみが左右に揺れているのを凝視しながら、右腕で秋希を抱き寄せた春都は、左手の平を前方にグッと突き出した。
しかし、ドアの向こうの人物は鍵を持っていなかったらしく、一向に開錠される気配は無い。
やがて、微かな溜息が聞こえ、再びカツカツという音が聞こえて来た。
その音が完全に消え去った時、春都は全身の力を抜いて一息ついた。
「あの……」
「わっ、ごめん」
腕の中でもじもじしている秋希に気付いた春都は、慌てて身体を離す。
「今の……は?」
不安そうに尋ねた彼女に、ドアの方を睨み付けた彼が言った。
「分からない、でも拝島ではないことは確かだ」
溜息の音を、再び頭の中で反芻してみる。
「……若い、女だった」




