episode 042
「何? この匂い」
彼女がそう思った次の瞬間、絹を引き裂く様な絶叫が、廊下中に響き渡った。
悲鳴を聞いて驚いた生徒が、次々に窓から顔を覗かせる。
軽く舌打ちして、声の方向に走って行った秋希は、女子トイレの前でへたり込んでいる女生徒に声をかけた。
「どうしたの!?」
女生徒は、真っ青な顔を向けて言った。
「ひと……人が、殺されている」
瞬間、秋希の身体を戦慄が走った。
(さっき、独りになるなって言ったばかりじゃない。どうして?!)
ポケットから透明手袋を取り出し手早く装着した彼女は、トイレ内に歩を進めた。
室内の其処彼処に、先程から感じていた嫌な匂いが充満している。
鼻に射す刺激臭は、死の香りだった。
4つ或る個室の内、一番奥のドアが不自然に開いている。
慎重に近付いた彼女は、隙間からそれを覗き込んで、うえと唸った。
便器の座面に、一人の女生徒が腰掛けている。
焦点を結んでいない虚な瞳は、彼女がもう生きてはいない事を意味していた。
それよりも凄惨を極めたのは、彼女の額だ。
鈍器で思い切り叩き割られた様にばっくりと割けた傷口から、脳が半分ほどはみ出している。
今回も殆ど出血は無かったが、却ってそれが事件の異様さを物語っていた。
「……違う」
死体は、蜷川早紀では無かった。
彼女が知らない生徒のようだ。
初めて死体を目の当たりにした事と、想定と異なる展開に衝撃を受けた彼女は、ふらふらっと後ろに倒れ込みそうになった。
と、その肩をがっしり抱く者がいる。
「アキちゃん、単独行動は程々にね」
「……左君!?」
秋希が顔を上げると、冬流がニコッと笑顔を覗かせていた。
「まあ、俺達もヒトの事を言えないか」
「あんた、フツーに女子トイレの中に入ってるんじゃないわよ」
彼の後ろでは、デジタルカメラを抱えた夏純が呆れた顔をしている。
普段と変わらない二人の様子に、秋希は思わずぷっと吹き出してしまった。
「殺人現場で、そこまで笑えたら上出来ね」
夏純は安心して、パンと手を鳴らした。
「それでは、警察が到着するまでに現場検証しちゃいますか」
その時、三人の耳に、ズズウンという低い地鳴りの様な音が響いて来た。
「何?今の」
「そう遠くない、セスナでも墜落したのか?」
冬流は既に、廊下へ飛び出していた。
少し躊躇した夏純だったが、死体は逃げないと判断し「私達も向かいましょう」と秋希の手を引いて、彼の後を追った。




