episode 032
「どうしたの?急に」
突然教室にやってきた友人の姿を見付けた河崎柚香は、驚いて駆け寄ってきた。
「うん、ちょっとね」
丁度休憩時間らしく、生徒達が行き交っているのでそれほど目立ってはいないが、それでも秋希の身体には、周囲から冷たい視線が痛いほど突き刺さっている。
(やっぱり、この雰囲気は苦手だわ)
普通コースに変更して良かったと、秋希は改めて実感した。
彼女も、春都と同じく数少ない『天下り組』の一人だったのだ。
特進クラスは、まさに毎日勉強漬けの生活を強いられる。
日曜日以外は朝から晩まで、授業・講習が続くのだ。
当然、部活などはもってのほか、学校行事も別枠扱い。
生徒会活動でさえ、勉強の妨げになると、誰一人参加していない。
つまり7番地は、生徒会・相談室の影響が届かない『聖域』とされているのだ。
秋希は、生徒会に入るために一年の夏で特進クラスを抜けた。
柚香は、クラス変更をしても関係が続いている唯一の友人だ。
「実は、ユカに聞きたい事があるんだ」
次のチャイムまであまり時間がない事から、秋希は手短に用件を話し出した。
「このクラスに、北野鐘子さん、っていたよね」
彼女の言葉に、柚香はびくっと身を固くした。
そのまま、黙って視線を向ける。
彼女の目線の先には、教材の代わりに小さな一輪挿しの花が置かれた机があった。




