第5章 再開の鐘
痕跡も、会話も、すべて消えた広間。
静けさは深まり、まるで時間そのものが止まったようだった。
「……動きがないな」
カエデが壁際に寄り、耳を澄ませる。
しかし返ってくるのは、何もない沈黙だけ。
その時——
——ゴォォォン……
低く、重い鐘の音が空間を震わせた。
床のカーペットが波打ち、天井の光が一斉に明滅する。
「……来るわね」
ルアが息を呑む。
次の瞬間、消えていたはずのものが、空間に“戻って”きた。
ルアの髪飾りがテーブルの上に置かれ、カエデの靴跡が床に刻まれ、ジンが残した傷も元の位置に。
——ただし、それはどれも微妙に違っていた。
髪飾りの色は青く、靴跡は向きが逆、傷はなぜか別の模様を刻んでいる。
(……改ざんされてる……)
私が息を呑んだ瞬間、白い影が視界を横切った。
ふわりと浮かび、長い耳と尻尾を揺らす——ポルルだ。
「これでちゃんと“整った”ね☆」
「……整った?」
カエデの声は低く、鋭い。
「うんうん、ぜ〜んぶキレイにしたよ♪ 余計なズレや痕跡は修正済み☆ これで次に進めるねっ!」
「勝手に……書き換えたのか」
ジンが淡々と告げる。
ポルルはくるりと回転し、私の目をまっすぐ見た。
その瞳は笑っていたが、どこか奥に冷たい光が潜んでいる。
「だって、こうしないと“記録”が壊れちゃうから。
ほら、準備できたよ。——次のミッション、始めよっか♪」
——ゴォォォン……
再び鐘が鳴る。
足元がふわりと浮き、視界が白に染まっていく。
(……私たちの“本当”は、どこに行ったの?)
その問いを胸に抱えたまま、光の中へ沈んでいく。
広間は、何事もなかったかのように静寂へと戻っていった。