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第4章 消えた痕跡

 広間を歩くうちに、私たちはいくつかの“目印”をつけ始めていた。

 ルアが壁際に落とした髪飾り、カエデがわざと残した靴跡、ジンが床に刻んだ小さな傷。


「これで同じ場所をぐるぐるしても、見分けはつくはずだ」

 カエデがそう言って、靴底で床を軽く叩いた。


 ——ほんの数分後。


「……あれ?」

 ルアが立ち止まった。

「さっきの髪飾り……ない」


 見渡しても、床はただの緋色のカーペットが続くだけ。

 確かに置いたはずの銀色の飾りは、影も形もなかった。


「俺の足跡も……消えてる」

 カエデが眉を寄せる。

 ほんの一瞬前まで、くっきり残っていたはずの靴跡が、跡形もない。


 ジンが無言でしゃがみ込み、床の傷跡を確認した。

 しかしそこも、磨かれたように滑らかになっていた。


「……消されたな。痕跡ごと」


「誰に?」

 自分でも驚くほど鋭い声が出た。


「“この空間を維持してる何か”だろう」

 ジンの答えは、感情の欠片もなかった。


(……痕跡が残らない……まるで、存在そのものを——)


 その時、ルアが口を開いた。


「つまり、これは“記録に残らない行動”ってこと。

 私たちがここにいた証拠を、あえて削除してる」


「どういう意味だ?」とカエデが問い返す。

 ルアは軽く肩をすくめた。


「ここは仮想の部屋。でも、何も残せない。

 存在したはずの物や痕跡は、なかったことにされる。……たとえ、それが——」


 ——パチン。


 乾いた音が響いた瞬間、ルアの声が途切れた。


「……今、何を言おうとした?」

 私が尋ねると、ルアは不思議そうに首を傾げた。


「……さあ? 何か言おうとしてた気がするけど……忘れたわ」


 背筋がぞわりとした。

 言葉ごと、この空間から削除された——?


 沈黙の中、壁の奥から微かな鈴の音が響く。


(……また、“あれ”が見てる)


 目を凝らしても、そこには何もなかった。

 けれど私たちの痕跡は、すべて消え失せていた。

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