第3章 影の同行者
広間の空気が、ふっと重くなった気がした。
それは温度でも湿度でもない。肌にまとわりつく「視線」のような感覚。
(……誰かが、いる?)
ルアとカエデは壁際で周囲を確認している。
ジンは相変わらず時計を見ているが、その視線が一瞬だけ天井の暗がりをかすめた。
——コツ。
靴底が床を叩く、小さな音。
私たちの誰の動きとも違う。一定のリズムを保ちながら、広間の奥から近づいてくる。
「……今の、聞いた?」
思わず声が低くなる。
「ああ」
カエデは即答したが、視線は動かさない。
「だけど……姿が見えねぇ」
足音は確かにある。
近づいてきているのに、誰も姿を捉えられない。
耳に届く距離まで迫って——
——すっと、横を通り抜けた。
その瞬間、頬をかすめる微かな風。
わずかな衣擦れの感触。
私は反射的に振り返ったが、そこには何もなかった。
(……見えない。なのに、通った……)
「シズハ、こっち」
ルアの声に振り向くと、彼女は壁のガラス面を指さしていた。
磨き上げられた鏡のような反射面——そこに、一瞬だけ影が映った。
人間の輪郭……ではない。
背が高く、歪んだ肢体。輪郭が揺れ、目の位置だけが闇のように沈んでいる。
「今の……」
「うん。私たちの誰とも違う」
ジンが低く呟く。
「この空間、完全には閉じられていないな。“外”からの観測者が混じっている」
「外って……」
問い返そうとした瞬間、また——
——コツ。
今度は正面から。
でも、何も見えない。音だけが近づき、足元すれすれでふっと消える。
(見えない誰かが……すぐそばを歩いてる)
心臓が強く打ち、指先が冷たくなる。
その足音は、やがて広間の奥に消えた。
しかし、残された感覚は消えない。
確かにここに“いた”という確信と、それが次にいつ現れるかわからないという予感だけが、胸の奥に沈んでいた。