第2章 記録にない会話
歩いても歩いても、同じ景色に戻る広間。
その繰り返しにうっすら疲労を感じ始めた頃——
「やっほ〜☆」
空間の中央に、唐突に白い影が現れた。
耳の長いうさぎとも、尻尾のふさふさしたリスともつかない、丸くて柔らかそうな存在。
ポルルだ。
「……あんた、どこから現れたのよ」
ルアが眉をひそめる。だがポルルはふわりと回転しながら、軽い声を響かせた。
「ここはね〜、“記録されない時間”なんだよ☆ だから、好きにおしゃべりしていいの。ぜ〜んぶ内緒だから安心してねっ♪」
記録されない時間——
その響きに、胸の奥がざわつく。
私たちの行動や会話は常にどこかで記録され、評価されているはずだ。それが“残らない”というのは、どういう意味なのか。
「……つまり、この間に話したことは、外の“世界”には残らないってこと?」
「そゆこと☆ だから、ね? 言いたいこと、今のうちにぜ〜んぶ吐き出しちゃいなよ〜」
軽口のように言うポルル。
だが、ルアもカエデもジンも、すぐには口を開かなかった。
記録されないというのは、自由であると同時に——証拠も残らない、ということ。
(……じゃあ、この場で何を言っても、あとから確かめることはできない)
ふとカエデが小さく息をついた。
「シズハ、さっき——」
言いかけた彼の口が、不自然に止まった。
まるで、その言葉だけが空気から切り取られたように。
「……何?」
「いや……なんだっけ……」
彼は眉をひそめ、首を振った。
隣でルアが私を見やる。
「今、シズハ、何か答えた?」
「え……? 何も言ってないけど……」
沈黙。
そして、奇妙な確信——何かを言ったはずなのに、その瞬間がすっぽり抜け落ちている感覚。
「……ほらね〜☆」
ポルルが嬉しそうに跳ねる。
「ここでは、話したことがスルンって消えちゃうこともあるの。面白いでしょ?」
面白い——?
心臓が冷たくなる。これは“ただの休憩”じゃない。
(記録がない時間……消える会話……じゃあ、この空間の本当の目的は——)
そう思った瞬間、ソファの背後から風が吹き抜けた。
誰もそこにはいないのに。
振り返った私に、ポルルが小さく囁く。
「ねぇシズハ、あなた——今までの会話、どこまで覚えてる?」
笑顔なのに、その声だけが、やけに冷たかった。