第1章 虚ろの休憩区
光が引いた瞬間、足元に柔らかな感触が広がった。
冷たい金属ではない。緋色のカーペットのような、わずかに沈む床。
(……ここは……?)
視界を上げると、長方形の広間がどこまでも続いていた。
壁には等間隔で置かれたソファと、ガラスのテーブル。天井には白い光が一定の間隔で並び、淡く空間を照らしている。
「……休憩所……?」
小さく呟いた声が、吸い込まれるように消える。
反響がない。まるで音が空気に溶けていくようだ。
「シズハ?」
振り返れば、少し離れた場所にカエデが立っていた。腕を組み、周囲をじっと観察している。
「次のミッションじゃない……みたいだな」
「……そう、だね。何か……静かすぎる」
ルアも現れ、長い髪を指先で遊ばせながら壁際を歩く。
彼女の足取りは軽いのに、靴音が一切響かない。
「妙ね。物音が吸い取られてるみたい」
ジンの姿もいつの間にかあった。彼はただ、懐中時計のような金属片を手に、一定間隔で周囲を見回している。
「時の流れも……安定していないな。秒針が揺れている」
その言葉に、背筋がひやりとした。
休憩所のはずなのに、時間さえも歪んでいる?
——歩いてみよう。
私は何の気なしに、奥のソファを目指した。
五歩、十歩、二十歩……そして、ソファに手を伸ばす。
触れたはずの瞬間——
視界がふっと揺らぎ、次の瞬間には——元の位置に立っていた。
(……え?)
さっきまでの歩みが、まるで“なかったこと”になったような感覚。
足元の沈みも、息の乱れも、全部リセットされている。
「……カエデ、今の見た?」
「何を?」
「ソファまで行ったはずなのに……気づいたら、戻ってた」
「お前……動いてなかったぞ。最初からそこに立ってた」
(……違う……確かに歩いたのに)
胸の奥がざわつく。
ルアがゆっくりと笑みを浮かべて言った。
「ここ、形はあるけど——“出口のない迷路”みたいね。どこに行っても、また最初に戻る」
その言葉を裏付けるように、ジンが短く告げる。
「この空間……観測されていない」
観測されていない——
それは、この世界のどこよりも危うい響きを持っていた。
休憩のはずが、どこにも安らぎはない。
進めば戻され、戻ればまた同じ景色。
誰かが見ていない場所で、時間と存在が少しずつ、溶けていく。
(……ここは、本当に“中間地点”なの……?)
そう問いかけても、この虚ろな広間は、何も答えてくれなかった。