第七章 スコアのない命
静かだった。
ポルルが消えたあと、空間に音はなかった。
残されたのは、白い壁と、床と、何も映さない空だけ。
でも、沈黙は静寂ではなかった。
それは、世界が何かを準備している音のなさだった。
「“第二階層”って、なんだと思う?」
シズハが小さく呟く。
ルアが腕を組み、少し考えるように目を伏せた。
「おそらく……“記録精度が上がる”って意味でしょうね。
今まで以上に、行動も感情も、細かく監視される。
そして——生き残れる確率は、下がる」
「……そりゃ、ずいぶんと歓迎されねぇ場所だな」
カエデがため息混じりに言った。
「でも、行くしかねぇんだろ」
シズハは何も言わなかった。
ただ、両手を握ったまま、じっと空間の奥を見つめていた。
その先に、扉があるわけじゃない。
ただの、白い壁。
なのに、そこに何かが“開く”気配がある。
——ゴン。
唐突に、音が鳴った。
重く、くぐもった機械音。
続いて、空間に新たなウィンドウが浮かび上がる。
《ログ通知》
《Unit-URS-AI-07──記録終了》
《連携値:低下継続》
《感情反応:無》
《評価:抹消》
《順位更新:JPN-AI-03 → 第8位》
「……また、ひとつ消えた」
「ユリス共和国……3位だったチームじゃないか」
ルアが目を細める。
「感情反応、ゼロ。連携失敗。
それだけで、“いなかった”ことにされるのね」
シズハの心臓が、ゆっくりと跳ねる。
誰かの死が、“順位”という形で伝えられた。
上がるということは——誰かが、落ちたということ。
誰かが、消えたということ。
「……ねぇ、名前も顔も知らないのに。
どうして、こんなに……冷たくなるんだろうね」
言葉が、空気の中に溶けていく。
だれも、それに答えることはできなかった。
——ゴォォォン。
鐘の音が、鳴った。
ゆっくりと、深く、重く。
空間そのものを震わせるように、長く響く。
ただの合図ではなかった。
それは“送還の音”だった。
世界が、次の層へと進もうとしている。
記録が、ログが、プレイヤーの価値を定め、
命を意味で塗りつぶす場所へと。
《転送準備完了》
《次階層コード:R2-CORE》
《参加者:JPN-AI-03/3体》
《連携認識:一時承認》
《人格照合:記録中……》
「行こう」
カエデの声が、静かに響く。
「誰かに選ばれたわけじゃねぇ。
でも、今ここにいるのは、おれたち自身だ」
「……うん」
シズハは頷いた。
「記録されなくても、私の中には残ってる。
……わたしは、ここにいた。ちゃんと、いたよ」
ルアも、微かに笑った。
「じゃあ、その記憶を持って、行きましょうか」
白い空間に、光が差す。
静かに、無音の裂け目のように。
三人は、光の中へ歩き出す。
誰が観ているかもわからない。
この“試技”が何のためかも、まだ明かされない。
でも、たしかなことが一つだけあった。
——誰かが見ている。
——そして、記録している。
だったら、自分のすべてを——刻みつける。
それが、この世界に抗う最初の一歩になるから。
スコアの外側にある命(第一部〜第六部 )
完