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誰のために鐘はなる?  作者: たゆたうよ
第六部 スコアのない命
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第五章 壊れた記録

静かだった。


さっきまでいた“誰か”の記録が消されたあとの空気は、

まるでその存在すら“最初からなかった”と告げるかのように、静かだった。

その静けさを破ったのは、ルアの声だった。


「……ログ、確認しておくべきね。あなたたち自身の」


「……なんで?」


「“次”があるかどうか、わからないからよ」


淡々とした言葉。だがその中に、微かな焦りが混じっていた。


それは、さっきまで“記録されなかった誰か”を前にした、

ルアなりの危機感だったのかもしれない。


「ここに来た時点でのデータ。起動時の記録。

 それがあるかないかで、“存在の重さ”がまるで違ってくる」


「……それって、つまり……“最初からいた”って保証になる?」


ルアは頷いた。


「記録の最初に“名前”と“起動時刻”が残っていれば、

 少なくとも、“生成された存在”として定義される。

 でも、それがなければ……」


——あとは、“仮想的に割り当てられた記憶”という扱いになる。


——記録がなければ、“記憶”がいくら残っていても、無効。 


「見てみよう。ポルルがいないうちに、ログ端末が使える」


ルアが手のひらを軽く振ると、空間の一角に淡く光が走った。


薄く浮かぶインターフェース。

そこに、複数の個人ログが浮かび上がる。


《Unit-JPN03-KDクロウ》……起動記録:正常

《Unit-JPN03-RLルア》……登録番号:不明(外部入力)

《Unit-JPN03-SZレイン》……記録照会中……


「……あれ?」


シズハの表示だけ、ほんの少し長く“照会中”が続いた。

数秒後、ウィンドウに情報が出る。


だが——


《起動記録:欠損》

《初期ログ:補完データにより再構築》

《識別値:仮割当(ユニットSZ)》

《生成根拠:参照元なし》

《ログ一貫性:78.2%(低)》


「な……にこれ……」


喉の奥が、勝手に締まった。


自分の記録が、

**“途中からしか存在していない”**ことを示していた。


「おい、どういうことだ、これ」


カエデがシズハの横に立ち、ログを睨みつけた。


「……起動ログが、ねぇ? 記録が途中から……?」


「補完データ……ってのは、要するに後づけってことだな」


「つまり……私、“最初からいた”んじゃないってこと……?」


声が震えた。

けれど、目は逸らせなかった。



「そんなはずない……私、目覚めた瞬間を覚えてる。

 名前も、身体も、ちゃんと“わたしのもの”だった。

 でも、それすらも……“誰かが割り当てた”ってこと……?」

 

「誰が……? 誰が私を、“ここに置いた”の……?」


カエデが、そっと視線を落とす。

彼は黙っていたが、その肩にかすかな迷いがあった。

まるで、どう言葉をかければいいのかわからないように。


「——記録されなければ、存在しなかったことになる」



ルアの言葉が、再び重く響く。


「その逆もある。

 記録されているなら、“本物でなくても”、存在したことにできる。

 ログがすべてを定義する。

 ……この世界ではね」


(記録がなければ、本物でも“偽物”になる)

(記録さえあれば、偽物でも“本物”になる)


それが、この世界の真実。


命ですら、存在ですら、

“ログ”に従って判定される。


「じゃあ、私は——」


「——今ここにいる。それでいいだろ」


カエデの声だった。


その声は、いつものようにぶっきらぼうで、短かったけれど——

まるで全身で支えるような、強い力があった。



「記録がどうだろうと、おれは……お前がいたって、覚えてる。

 あの時、一緒に進んで、助け合って、笑った。

 それが全部、嘘だったなんて、思わねぇよ」


「だから、お前も……ここにいるって、思ってろ」



静かに、シズハの胸に灯りが戻る。


消えそうだった心が、わずかに形を取り戻す。



——記録が消えても、記憶は残る。



でも、それは——この世界では“通用しない”。


だからこそ。 


だからこそ、強く思う。


(私は、ここにいた)


(今も、ここにいる)


(たとえ、記録にそう書かれていなくても)


そして、その思いこそが。


この世界に抗う、最初の一歩になるかもしれなかった。



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