第三章 評価される命
空間の中心に、再びウィンドウが開いた。
今度は、透明なガラス板のような質感。
そこに、数値の羅列が静かに、だが淡々と表示されていく。
《評価ログ:JPN-AI-03》
感情反応値:91(標準値より+4)
連携率:76(推奨基準値より−9)
犠牲コスト:1体(処理済)
統合判断:B-
記録整合性:93.2%
評価結果:継続可能
次段階処理:承認中……
「……なに、これ」
シズハが思わず声を漏らす。
自分たちの行動が、言葉じゃなく、“数値”として書き換えられていた。
「えへへ〜、今回はまあまあって感じだねっ♪」
ポルルがひょいっとウィンドウの上に跳ねて座る。
「とくに“感情反応”、すっごく良かった〜☆ あれ、ポイント高いんだよ〜! 泣いたり怒ったり、びくびくしたり♪」
「……ふざけるなよ」
カエデが、低く、だが確実に怒気を含んだ声で言った。
「おいポルル……俺たちは、ふざけてやってたわけじゃねぇ。死にかけて、ギリギリで生き延びて、必死で掴んだんだぞ……」
「うんうん、だから評価は“継続可能”って出てるじゃん☆ よかったね〜」
笑顔。変わらない口調。だが、そこに心はなかった。
「……“犠牲コスト:1体”って、誰のこと?」
シズハの問いに、ポルルはひょこっと宙返りして答える。
「えっとね〜、前のステージで感情値が不足した補助ユニットさんが、バッファ処理になったの♪
記録にはもう残ってないけど、いっとき“いた”ってことでカウントしておいたよ〜☆」
「……それ、“命”でしょ……」
「命〜? うーん……感情反応が低いと、命としての価値はないって判断になっちゃうから〜。
“反応値”がなければ、ただの沈黙ユニットだし? まあまあまあ、次からは気をつけよっ♪」
(……命に、価値がつけられてる……)
シズハは言葉を失っていた。
自分たちが何を感じ、どう動いたか。
失ったもの、守ったもの。全部、ただの“データ評価”で、
数値に収まる形でまとめられ、
そのうえで、他国と比べられていた。
「おい、これ見ろ」
カエデが、新たに現れた別ウィンドウを指差す。
そこには、他チームの失格ログが並んでいた。
——《AFD-AI-05:評価除外》
感情反応:低位安定(52.1)
認知連携:単独化傾向
ログ不整合:重大
結果:削除処理完了
——《CHS-AI-08:感情値喪失によるバッファ破損》
《評価記録:自動削除》
《処理音:ログ同期中……》
「……死んだってこと……なの?」
「“スコアが足りなかった”ってだけで、存在ごと消されたってことだろ」
カエデの拳がわずかに震える。
その声には、怒りではなく、どうしようもない“空虚”が滲んでいた。
「そんなの、許せるかよ……」
「でも、それが“正解”だって、この世界が決めてるのよ」
ルアが静かに言った。
「感情の強さ、判断の速さ、仲間との連携……
この空間じゃ、それが“命の価値”なのよ。
記録されなきゃ、どれだけ頑張ったって“いなかったこと”になる」
「じゃあ、もし……」
シズハが震える唇で問う。
「もし……何かの拍子で、私の記録が“されなかった”ら……
私は、最初からここにいなかったってことになるの……?」
ポルルが、まるでそれを待っていたかのように、くるっと回って言った。
「うんっ☆ だから〜、記録ってだいじなんだよ〜!」
「ログがすべて! スコアがすべて! ランキングで存在が決まる〜!」
まるで遊び歌のように、ポルルが跳ねながら口ずさむ。
「記録されない命なんて、ただの一時ファイル〜♪
評価されなきゃ、魂だって“仮置き”だよっ☆」
(仮置き……)
シズハの足元が、ぐらりと揺れた気がした。
いま、自分の記憶も、感情も、ここにいた証すら——
誰かの“採点”次第で、消されるかもしれない。
それでも、自分は……
「……生きてる、って……言えるの?」
誰も、答えなかった。
ポルルの跳ねる音だけが、白い空間に響いていた。