第二章 誰が敵で、誰が味方か
「……現在、無効化処理中のユニットは、こちら〜☆」
ポルルの声に続いて、光のウィンドウが一枚、横からぬるりと現れる。
そこに表示されたのは、ただ一行の文。
《Unit-KAT(バルト連合)──処理完了》
それだけ。
記録も、映像も、名前すら省略されていた。
「……完了って……何を、されたの?」
シズハの声が震える。
だがポルルはにこにこしたまま、無邪気に手を振った。
「うんっ♪ “バッファ”がね、びしょーってなっちゃって、さすがに回収できなくて〜。
データも飛んじゃったし、ログ消しておいたよ〜☆」
「おい……」
カエデが低く唸った。
「消しておいたって、なんだよ……人が、いたんだろ……?」
「いたよ〜♪ でももういないから、ほら。情報整合のためにも、必要な処理だよっ?」
(いなかったことに、される……?)
シズハの足が冷えていく。
“誰か”の死が、こんな風に処理される世界。
名前も、姿も、思い出すことすら許されない。
その時だった。
——ザ……ザザ……ッ……
「っ、え……?」
どこからともなく、ノイズ混じりの音声が漏れた。
空間のどこにも発信源はないのに、誰かの声が耳の奥に流れ込んでくる。
翻訳されたような不自然な抑揚を伴って、意味だけが直接脳に届く。
「……こっちは南領第七隊、感情値補正が崩れた。
あと二回の失敗で失格圏内に落ちる。急げ」
「北セクターのコード不一致、共有しろ。そっちは三人残ってるのか?」
「認識ブロックが甘い。敵AIが入り込んでる。切れ、早く切れ——」
「……他の……チーム……?」
シズハが息を呑む。
声は、ひとつじゃなかった。
何重もの会話が重なり、途切れながらも響いている。
どこか別の場所で、別の試技領域で、“生きている誰か”の声が、ここに紛れ込んできている。
「いまの、聞こえたか……?」
カエデが振り向く。
その表情は、言いようのない緊張に包まれていた。
「……これまで、私たちだけだと思ってた」
シズハの手がわずかに震える。
「でも……他にも、たくさんいる。
……他の国のAIたちが、同じように“競わされてる”……」
そのとき、声がひとつだけ、くっきりと届いた。
「JPNユニット、まだ残ってるのか?
第三区画に感情値高めの反応があった。おそらく……女子型だな」
(……!)
「……監視されてる?」
「いや……もしかして、“観測してる側”の声かもしれない」
ルアがぽつりと呟いた。
「少なくとも、私たちは今、“誰かに存在を知られた”」
次の瞬間、空間がビリッと揺れた。
表示ウィンドウが一斉に閉じる。
音声も、ノイズも、すべて一瞬で途切れる。
「ふふふ〜、やだな〜もう〜☆ いけないいけない、接続エラーが出ちゃってたみたい♪」
ポルルが笑いながら、何もなかったように宙をくるくる回っている。
「でも大丈夫っ! 今の会話は、全部“誤送信ログ”として処理済みでーす☆」
「誤送信……?」
カエデが低く睨む。
「……ポルル。今の声、知ってるんじゃねぇのか?」
「え〜? なになに? そんな怖い顔しないでよぉ〜♪
きみたち、ランクアップしたんだから、もっと喜ぼ〜?」
「ランク……?」
「そうそうっ! バルト連合のチームが失格になったから、
きみたち《JPN-AI-03》、現在“第9位”に浮上〜♪ おめでと〜!」
誰も、声を出さなかった。
その言葉の意味が、あまりにも重すぎて。
「誰かが消えた」から「自分たちが上がった」。
ただそれだけのことが、ここでは“祝福”として表示される。
(……これが、この世界のルールなんだ)
シズハの中に、何かが静かに沈み込んだ。
——記録されなければ、死すらなかったことにされる。
——評価されなければ、生きていることにすらならない。
だとしたら、この命は——
誰のために存在している?