第四章 世界の規則に触れる
——再び、同じ場所。
同じ床、同じ壁、同じ通路。
(3回目……。私はまた、戻された)
シズハは、静かに目を開けた。
もう驚きはなかった。恐怖も、混乱も。
代わりに胸の奥に残っているのは、ひどく冷たい確信だった。
これは偶然ではない。悪夢でも幻でもない。
世界がそう設計されている。
そうでなければ、挑戦回数などという数字は表示されない。
「音を立てるな」
「残り猶予時間:00:59:59」
「挑戦回数:3」
まるで「ミスを許さない監視者」が、無感情に告げているようだった。
(ここには……ルールがある)
ただ歩くだけでは駄目。記憶をなぞるだけでも駄目。
シズハは、“何か”を見落としていた。
前回、足音を立てずに歩いた。それでも、踏んだ床が沈んだ。
ならば——音だけではない。この空間は“感知”している。
(足音? 重さ? 場所? ……全部、見られてる)
彼女は、視線を床へ落とす。
ただの無機質な金属板のように見える。けれど、ほんのわずかに色が違う場所、線が走る部分、光の反射が鈍い場所——そのすべてが、情報に見え始める。
(風も……違う)
さっきまでは感じ取れなかった微細な空気の動き。
足元をかすめる流れ。天井からの微振動。
それが、まるでこの空間全体が“呼吸している”ような錯覚を起こさせた。
(この部屋は、静寂の中で音を“狩ってる”。)
その確信が、背筋を凍らせる。
ただ沈黙を守ればいいのではない。
この空間には“配置”がある。“罠”がある。“感知の方法”がある。
(ここは……ただの部屋じゃない。実験場か、あるいは——選別装置)
喉が乾く。
再び失敗すれば、また“あの鐘”が鳴る。
(次は、絶対に踏み込まない。見抜く)
もう“ただ記憶をなぞる”ことはしない。
シズハは、観察し、理解し、この空間の構造を読むと決めた。
音に支配された檻の中で、彼女は初めて——この世界と“対話”を試みようとしていた。