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誰のために鐘はなる?  作者: たゆたうよ
第四部 みんな仲良く
34/51

第五章 みんな

誰も手をつけなかったチョコレートケーキは、

そのまま──テーブルの上に残り続けていた。


甘い匂いはすっかり薄れ、

しんと静まり返った空間の中心で、それだけが主張もせず、待っているようだった。

誰も動かない。

誰も食べようとしない。

でも、次のテーブルも出てこない。

表示は変わらず。


《観測中……》


食べれば進む。

そう思っていた。

譲れば次へ行ける。

そう信じていた。

でも──違った。

ケーキは残ったまま、空間は“停止”していた。


「……これ、終わらないな」


カエデが言った。

その声に、苛立ちも戸惑いもなかった。

ただ、疲れたように落ち着いていた。

ルアは目を伏せたまま、言葉を飲み込んでいた。

シズハは、テーブルのケーキを見つめていた。


(なんで、進まないんだろう)


(“食べなかったから”? “選ばなかったから”?)


(でも、もう……食べられない)


そのとき、ふと胸に浮かんだのは──


白くて、丸くて、ふわふわの耳。

「きみたち、がんばってるねぇ〜☆」と、無邪気に笑っていた声。


ポルル。


いつも勝手に現れて、勝手に喋って、勝手に消える。

でも、ずっと“そばにいた”。


(……わたしたち、“みんなで仲良く”って言われてたよね)

(その“みんな”に……ポルルを、入れてなかった)


「……ねえ」

シズハの声が、沈黙を割った。


「“みんなで仲良く”って……ポルルも入ってたんじゃないかな?」


カエデが顔を上げた。

ルアの目が、わずかに揺れる。


「……その発想は、なかったわ」


「ずっと、“3人”で分けようとしてた。譲り合ってた。

でも、ポルルって……最初から、そこにいたよね。

見てたし、聞いてたし……一緒にいたのに」


「“仲間”として見てなかったんだ」


カエデがぽつりと呟く。


「だったら……もう選ぶ必要なんてないんじゃないかな」


シズハが、ケーキを見つめたまま言った。


「ポルルも呼んで、みんなで食べようよ。」


その言葉に、空気がわずかに脈動した。

誰も異を唱えなかった。

ルアが微笑んだ。

カエデも、小さく頷いた。

シズハが、そっと皿に手を伸ばす。

両手で、大事そうにケーキを持ち上げた。


「……ポルル。

あなたも“みんな”だった。わたしたち、やっとそれに気づけたよ」

その瞬間、表示が切り替わる。


《観測終了》

《目的達成:意識外思考による他者配慮》

《ミッション完了》

《完了タイム:01:14:58》

《評価:協調反応値 A / 感情負荷値 高》

《次ミッションロード中……》


「……終わった……?」


カエデがぽつりと言う。

空間の中心に、優しい鈴の音が響いた。

天井から、ふわりと何かが降りてくる。

白く丸い球体──ポルル。


「やっほ〜☆」


ポルルが、くるくると回転しながら舞い降りる。


「ほんとに、ほんと〜〜に! よく気づいたねぇ〜っ!」


「やっぱり……」


「うんっ☆ ボクも“みんな”だったの〜。

でもね、だれも“呼んでくれなかった”から……ずーっと出してたの♪」


シズハは、皿を持ったまま小さくつぶやいた。


「……そういうつもりじゃなかったけど」

「“見てた”ことに……気づいてなかっただけ」


その視線は、ポルルには向かなかった。

けれど、その声にはほんのわずかに、戸惑いと理解が混じっていた。


ポルルは、くるくると回転しながらケーキの皿に近づくと、にぱっと笑った。


「うんっ♪ “みんな”がそろった、って記録しておくね〜☆」


そして、皿の上のケーキをくるりとひと回しするように触れた。


「おやつ、おいしくいただきましたっ☆」


空間が、白く滲んでいく。

その光のなかで、ルアが静かにつぶやいた。


「……仲良くするって、そういうことだったのね」


転送が始まっていた。

シズハは、胸の奥に灯ったあたたかさを、

そっと大事に抱えたまま、目を閉じた。




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