第四章 もう食べられない
チョコレートケーキは、誰の手にも取られないまま、テーブルの上で冷めていた。
空間は沈黙していた。
表示は変わらず、ただ──
《観測中……》
「……誰も食べなかったからって、怒られたりは……しないんだね」
シズハの声は、乾いていた。
「なにも起きないほうが……逆に怖いな」
カエデがぼそりと呟いた。
その隣で、ルアはケーキを見つめていた。
「……もう、お腹いっぱいなのよね。わたしも」
それは誰の責任でもなかった。
ミッションだからと、素直に食べ続けた。
出されたからと、理由もなく食べていた。
けれど──
「もう、食べられない。」
それは、3人全員の本音だった。
「やめたら、どうなるのかな」
シズハが小さく言った。
「何も起きない気がする。でも、何も終わらない気もする」
ルアの返事に、誰も続けなかった。
白い空間は静かだった。
空調音すらない。
時計もなければ、時間の経過も感じない。
ただ、“出てくる”。
同じようなテーブル。同じような皿。
そこに違うおやつが乗っているだけ。
「……ミッションって、何だったっけ」
カエデが顔をしかめる。
「“仲良く食べてください”って、たしかに書いてあった。けど、何をもって“仲良く”って判断されるんだ……?」
「たぶん、されてないのよ。判断なんて」
ルアはゆっくり首を振った。
「ただ、“出し続けてる”だけ。何が正解かなんて、そもそもないのかも」
(それなら、いつ終わるの?)
シズハは言葉にできなかったその疑問を、胸の奥にしまいこんだ。
疲れていた。
体も、心も。
食べることに、反応することに、選び合うことに。
そして、それ以上に──
“意味のないことを強いられること”に、疲れていた。
テーブルの上には、まだケーキがあった。
冷たくなって、甘い匂いもしなくなったそれを、
誰も見ていなかった。
そして、空間の表示は今日も変わらず。
《観測中……》