第三章 えらんでよ、カエデ
テーブルの上に置かれていたのは、一切れの濃厚チョコレートケーキだった。
今度は──ひとつだけ。
空間は静かだった。
甘い匂いが、どこか重たく感じる。
「……え?」
シズハが、思わず声を漏らした。
「ひとつ……?」
テーブルは小さい。3人が囲むには狭すぎる。
その中央に、慎重に置かれた四角いケーキ。
フォークも──1本しかなかった。
「これ、どういう……」
言いかけたシズハの声を遮るように、空間上に文字が浮かぶ。
《観測中……》
ただ、それだけ。
「……もう、そういうことなんじゃない?」
ルアが肩をすくめた。
「仲良くって、“誰が食べるか譲り合いなさい”ってこと。ほら、よくある話」
「譲っても、終わる保証ないじゃん……また次が出るだけかもしれないのに」
カエデが苦く笑って言った。
言葉は冗談のようでいて、目は笑っていなかった。
3人とも、お腹はもういっぱいだった。
けれど、それ以上に満ちていたのは、沈黙の空気だった。
食べたくないのに出される。
出されるから食べる。
それが何度も繰り返されて──
今度は、“誰が食べるか”を選ばなければならない。
「……シズハ、食べたら?」
ルアが口を開いた。
さらっとした言い方だった。責めても、譲ってもいないような声。
「え……いや、でも……」
「苦手なの? チョコ」
「そういうわけじゃ……でも……」
ルアがその視線を、無言のままカエデに向けた。
「ねえ、カエデ。あなたが決めたらどう?」
「は?」
「どっちに食べさせるか。あなたが“選ぶ”。それで、済む話じゃない?」
ルアの瞳は、揺れていなかった。
試しているのか、本気なのか。表情からは読み取れない。
「……俺が?」
カエデが一歩だけ、テーブルに近づく。
「“誰も決めたくない”って顔してるあなたが、いちばん決めるべきじゃない?」
その言葉に、シズハが俯いた。
食べたくない。
でも、他の誰かに食べさせるのも、違う気がする。
「……やだよ、そんなの。カエデが“どっちか選ぶ”とか……」
「じゃあ、どうすればいいの?」
ルアの声は淡々としていた。だが、それが逆に痛い。
「私たちは、“食べ続けてきた”んだよ? だったらこれも、食べなきゃ終わらないんでしょ?」
「……でも、誰が?」
「それをあなたが決めれば、みんな“仲良く”いられるんじゃない?」
沈黙。
視界の上部には、変わらずあの文字が浮かんでいた。
《観測中……》
誰が食べても、食べなくても。
何も起きない。ただ見られている。
カエデの手が、少しだけテーブルに伸びかけて、止まる。
「……これ、ほんとに“誰かが食べる”のが正解なのか?」
彼の言葉に、空間の空気が少しだけ変わった気がした。
けれど、それもまた、誰にも答えられなかった。
そして、ケーキの甘い匂いだけが、
3人の間に静かに、濃く漂っていた。