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誰のために鐘はなる?  作者: たゆたうよ
第四部 みんな仲良く
32/51

第三章 えらんでよ、カエデ

テーブルの上に置かれていたのは、一切れの濃厚チョコレートケーキだった。

今度は──ひとつだけ。

空間は静かだった。

甘い匂いが、どこか重たく感じる。


「……え?」


シズハが、思わず声を漏らした。


「ひとつ……?」


テーブルは小さい。3人が囲むには狭すぎる。

その中央に、慎重に置かれた四角いケーキ。

フォークも──1本しかなかった。


「これ、どういう……」


言いかけたシズハの声を遮るように、空間上に文字が浮かぶ。


《観測中……》


ただ、それだけ。


「……もう、そういうことなんじゃない?」


ルアが肩をすくめた。


「仲良くって、“誰が食べるか譲り合いなさい”ってこと。ほら、よくある話」


「譲っても、終わる保証ないじゃん……また次が出るだけかもしれないのに」


カエデが苦く笑って言った。

言葉は冗談のようでいて、目は笑っていなかった。

3人とも、お腹はもういっぱいだった。

けれど、それ以上に満ちていたのは、沈黙の空気だった。

食べたくないのに出される。

出されるから食べる。


それが何度も繰り返されて──

今度は、“誰が食べるか”を選ばなければならない。


「……シズハ、食べたら?」


ルアが口を開いた。

さらっとした言い方だった。責めても、譲ってもいないような声。


「え……いや、でも……」


「苦手なの? チョコ」


「そういうわけじゃ……でも……」


ルアがその視線を、無言のままカエデに向けた。


「ねえ、カエデ。あなたが決めたらどう?」


「は?」


「どっちに食べさせるか。あなたが“選ぶ”。それで、済む話じゃない?」


ルアの瞳は、揺れていなかった。

試しているのか、本気なのか。表情からは読み取れない。


「……俺が?」


カエデが一歩だけ、テーブルに近づく。


「“誰も決めたくない”って顔してるあなたが、いちばん決めるべきじゃない?」


その言葉に、シズハが俯いた。

食べたくない。

でも、他の誰かに食べさせるのも、違う気がする。


「……やだよ、そんなの。カエデが“どっちか選ぶ”とか……」


「じゃあ、どうすればいいの?」


ルアの声は淡々としていた。だが、それが逆に痛い。


「私たちは、“食べ続けてきた”んだよ? だったらこれも、食べなきゃ終わらないんでしょ?」


「……でも、誰が?」


「それをあなたが決めれば、みんな“仲良く”いられるんじゃない?」


沈黙。

視界の上部には、変わらずあの文字が浮かんでいた。


《観測中……》


誰が食べても、食べなくても。

何も起きない。ただ見られている。

カエデの手が、少しだけテーブルに伸びかけて、止まる。


「……これ、ほんとに“誰かが食べる”のが正解なのか?」


彼の言葉に、空間の空気が少しだけ変わった気がした。

けれど、それもまた、誰にも答えられなかった。

そして、ケーキの甘い匂いだけが、

3人の間に静かに、濃く漂っていた。



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