第一章 はじまりのあまい香り
──ミッションを開始します。
穏やかな電子音とともに、足元の床がゆるやかに光を放った。
白く明るい空間。これまでのような圧迫感も、沈黙も、異常な気配もない。
「……なんか、いつもより……ふつう?」
シズハがぽつりとつぶやいた。
金属音も風のうなりもなく、代わりに漂ってきたのは──
ほんのり甘い香り。
「お、いい匂いするな……なんだ、これ」
カエデが空間の中心を見やる。
そこには、真っ白なテーブルが置かれていた。
その上に、ふかふかの蒸しパンが3つ。湯気がたちのぼり、
ほのかにミルクとバターの香りが混じっている。
「はあ……なんだか、拍子抜けね」
ルアは腕を組んで微笑んだ。
けれど、その視線はどこかで警戒を解いてはいなかった。
そのとき、空間上部に文字が浮かぶ。
《ミッション名:みんなでなかよく、おやつのじかん》
ルール:3人で仲良くおやつを食べてください。
「……これ、ほんとに“食べるだけ”のやつ……?」
「書いてある通りに見えるけどな……なにか裏があるのか?」
「いいえ。“仲良く”って条件、逆にすごく重たいわよ?」
ルアの口調は軽いが、瞳は真剣だった。
それでも、漂う甘い香りが緊張感をほどいていく。
「……でも、確かに……お腹すいてたかも」
シズハが小さく言うと、カエデも頷いた。
「そろそろ、まともなもん食っても罰は当たらねぇだろ」
3人はそろってテーブルの周囲に立った。
蒸しパンは、ちょうど3つ。等間隔に並んでいる。
(……ほんとに、ただのおやつだったら……いいのに)
そう思いながら、シズハは手を伸ばした。
ふわり──
柔らかく、ほんのり温かい蒸しパン。
カエデも、ルアも、それぞれ1つずつ手に取った。
その瞬間、上空に白文字が浮かぶ。
《観測中……》
誰も声を出さなかった。
けれど、すぐに空間の奥が、音もなく“開いた”。
白い光に照らされた床。
そこに、新たなテーブルが静かに出現する。
その上には──
無言のまま、3つのカップゼリーが並んでいた。
「……次?」
カエデの声が、ごく低く漏れた。
ルアがふっと笑う。
「そういうこと。ええ、“連続で仲良く”──ってやつかしら」
甘い香りと、ほのかな緊張が、空間に静かに溶け込んでいった。