第三章 記憶保持と試行錯誤
白が引いた。
世界が、もう一度、立ち上がる。
空間は元どおりだった。
あの金属の床、継ぎ目のない壁、冷たい空気、通路の先の光。
(また、ここ……?)
目覚めた直後とは違う。
シズハの中には——明確な記憶が残っていた。
継ぎ目に触れた足音。世界を打ち砕いた鐘の轟き。落ちていく床と、魂を貫いた振動。
それは夢でも幻でもない。現実として、彼女の中に根を張っている。
視界に、再び文字が浮かぶ。
「音を立てるな」
「残り猶予時間:00:59:59」
「挑戦回数:2」
その最後の行が、彼女の背筋を冷たく撫でた。
(2……ってことは、やっぱり“前の私は”……)
あれは“死”ではない。だが、“終わり”だった。
そして今、自分はその続きを“持ったまま”戻ってきた。
(私、戻された……。この空間に、記憶ごと)
恐怖よりも、思考が先に立つ。理解したい。自分が何に試されているのかを。
ゆっくりと立ち上がる。
今回は初回のようなぎこちなさはなかった。体が、覚えている。
(落ち着いて。前回の原因は……足音)
継ぎ目を踏んだ。だから音が出た。
つまり、継ぎ目は“鳴る”。次は、そこを避ける。
床の模様を凝視する。
薄く走る線。光の反射。風の流れ。すべてが微細に情報を伝えている。
(見える……見える範囲でなら、回避できる)
シズハは歩き出す。
一歩ずつ、視線を足元に集中させて。呼吸は浅く、脳が酸素を欲しがっていた。
3歩。5歩。
問題ない。
(この調子で——)
パシュッ。
音ではない。だが、わかった。
足裏に、わずかな沈み。 床が“沈んだ”。
(っ!?)
トラップ——音を立てずとも、“踏んだ事実”そのものを検知するタイプの罠。
その直後、
ゴォォォォォン……!
再び響く、終焉の音。
空間が歪む。視界の隅で壁が崩れる。床の一部が液体のように溶け、吸い込まれるように消えていく。
文字が走る。
「沈下感知センサー:作動」
「判定:失敗」
「挑戦回数:3へ移行」
「再起動します」
(……踏んだだけでも、アウトなの?)
理解が追いつくよりも早く、世界が彼女をのみ込んだ。
今度は、“光”ではなかった。
視界全体が、ノイズ混じりの暗灰色に染まりながら——静かに、しかし容赦なく、リセットされた。