第八章 疑念のはざまで
ロード画面が消え、新たな空間が構築される。
今度は狭い室内だった。四方を厚い壁に囲まれた、小さな白い箱。
無音。無風。
光源のない無機質な明るさが、むしろ圧迫感を与えていた。
ふたりは向かい合って立っていた。
誰も喋らなかった。
喋れなかった。
ポルルが去ったあとに残されたのは、耳の奥に焼き付いた“記録の補正”という言葉と、ふたりの間にできた見えない隔たりだった。
「……あのログのこと、なんだけど」
先に口を開いたのは、シズハだった。
「私の記録には“協力してクリア”ってあった。でも、カエデのには——」
「ああ。なかった」
カエデはシンプルに答えた。表情は読めない。
だがその声は、どこか空っぽだった。
「なあ、シズハ」
「……なに?」
「もし、俺の記録が“正しい”としたら……お前は、いなかったってことになる」
「……」
「でも、俺の記憶にはお前がいる。声も、動きも、指示も、全部。俺は……お前と一緒にやったと思ってる」
シズハは目を伏せた。
「私だって……同じ。でも、ログは食い違ってた。まるで、最初から一人で戦ってたかのように」
「記憶と記録が噛み合わない。じゃあ、どっちが“本当”なんだろうな」
静かな問い。
その裏にあるのは、怒りでも疑いでもない。
ただ、真っ直ぐな疑問だった。
「——“思ってること”と“見せてるもの”が違う、か」
カエデがぼそりと呟く。
「たとえば……お前が、実は何もしてなかったとして。けど俺が“してくれた”って思ってるなら、それは協力だったのか?」
「……それは……」
答えに詰まる。
(そうじゃない。私は確かに動いた。網を張って、指示を出して、カエデと捕まえた……はず)
でも、世界はそれを“記録していなかった”。
ならば、記録されなかったそれは、本当に“あった”のか?
「……怖いな」
「……ああ。怖い」
ふたりは、また沈黙した。
その沈黙のなかで、壁の一部が滑るように開く。
次の試技空間への“入口”。
だがその前に、再び視界にログウィンドウが浮かぶ。
《連携率:再評価中》
《情報同期:不安定》
《再認識処理中……》
カエデが苦笑する。
「……今度は、“一緒にいること”まで確認されるのかよ」
「この世界……“一緒にいる”ことすら、試されてる……」
彼らは互いに視線を交わす。
もはや、ただ信じるだけでは足りない。
けれど、信じなければ——次には進めない。
「行こう、カエデ」
「ああ」
ふたりは無言で歩き出す。
次の試技領域へ。
その先に、また“誰かが見ている”としても——




